帰還者の驚愕
日進月歩の今の世の中、一年も経てば色々変わっているものである。たとえば、愛すべき祖国の総理大臣とか政権与党とか。韓流が嫌韓になっていたりと、大小併せれば世の中の変化は凄まじいものである。
だが、それでもこんな変化はいらなかったと心底思う。いや、正確には俺自身が変わったという事なのだろう。目の前に見える死霊の群れは前から存在しており、俺には感知できなかっただけという話なのだろうから。
つまり、帰還して以来、ちょっこちょこ見かけた雑霊の類は俺の見間違いでもなんでもなかったというわけだ……。
「異世界の馬鹿野郎ー!」
確かにここに入る際、いるかもしれないと覚悟はしていた。が、いくらなんでもこれはないだろう。
折角帰還できたはずなのに、視界に映るは異世界でも早々に見ることのない死霊の大群。かつて記憶していた故郷とはあまりに変わり果てた情景を目の当たりにした俺は、八つ当たり気味に叫ばずにはいられないのだった。
事の始まりは、帰還してちょっと経ってからのことだ。ようやっと、家族も俺の夜間外出を認めるくらいには落ち着いてきた頃、俺はジョギングと称して鍛錬できる場所を探していた。折角、数え切れない程死にかけて身に着けた技術である。たとえ、積極的に生かすことができないものであっても、それらを腐らせるつもりは毛頭なかったからだ。というか、剣はすでに俺の一部といっても過言ではないので、おろかにできるはずがないのだが。
とはいえ、いざ鍛錬となると、意外にも求められる条件が厳しいことに気づかされた。
まず、何よりも重要なのは、家族も含め絶対に見られるわけにはいかないということだ。今の俺の全力で鍛錬など見られたら、ポカーンとなること間違いないしである。当然、怒涛の如く追求を受けるだろう。それに真剣も用いるし、銃刀法違反で捕まりたくはない。
それに関係して、時間帯の問題もある。俺の鍛錬は見られても問題がないあちらでは早朝だったのだが、こちらでは万が一にも見られるわけにはいかない。何気に新聞配達や朝のジョギングなどで人目も少なくなく、日照時間が早まる夏季などでは、遠目に見られたでけでも誤魔化しようもない。故に早朝は適さず、必然的に人目の少なく暗くて誤魔化しのきく夜間ということになるのだが、これも問題がある。治安のいい現代日本においては夜間でも外出ができる上、街灯という光源も多数存在するからだ。
そして、厄介な場所の問題がある。国土の狭い日本では、そもそも自由に活動できる土地というものが実質上ほぼ存在しない。鍛錬できるようなひらけた場所となると大都市ともなると学校か公民館、若しくは競技場ぐらいしかない。幸い、俺が住んでいる御風市はベッドタウン的な位置づけにある都市だが、それでも色々不都合は多い。人の数が多く、フリースペースがないのは変わりがないからだ。
ざっと上げてみたが、問題山積みである。正直、最初俺は頭を抱えた。どれも容易に解決できる問題ではなかったからだ。というか、絶対に目撃されないと言う条件が無理ゲーにもほどがある気がしてならない。ネット全盛のこの時代、人の目から逃れるというのは中々に至難の業なのだ。
故に地元をランニングして、適した場所を探そうというのは完全に駄目元であったと言っていい。意識がそっちにいっていたせいで、結構洒落にならないスピードで走っていたのは秘密である。幸い夜間であったので、ほぼ目撃されていなかったが。
しかし、人生分からないのもので、絶好の場所を見つけてしまった。そこは地元では有名な怪奇スポットで、面白半分で肝試しをした大学生達が祟りにあって事故死したという逸話がある廃神社だ。一時期は、テレビでも紹介された程だが、嘘か真か、撮影スタッフが例外なく酷い目にあったらしく、それ以来なしのつぶてである。そんなわけで事情を知る地元の人間なら、昼間はまだしも夜間ならば絶対に近づかない場所なのである。しかも、境内は相応の広さがあり、まさに俺の求めるものを余すことなく満たしていたのだ。
「おお、いいじゃないか!幽霊なんざ、今更怖くないしな」
自慢ではないが、異世界では邪精霊や死霊の類も山程斬ってきたのである。たとえ、この廃神社が本物であったとしても、今更恐れるには足らずである。まあ、連中は普通の手段じゃ斬れないので、当初は散々苦労したものだが……。
「そうですね、今のところ何にも感じませんので問題はないでしょう。万が一にも死霊の類がいたとしても私もいますし、鎧袖一触にしてやりましょう」
咲夜も太鼓判を押してくれた。死者の魂を輪廻の輪に運ぶという闇の妖精である咲夜の感覚は信用できる。そも俺が常人では見ることすらできない脆弱極まりない雑霊の類すらも見ることができるのは、彼女との契約の賜物なのであるから。
だが、それは鳥居から内部に一歩足を踏み入れた時点で、それは裏切られることになった。そこには洒落にならない数の死霊の群れが巣食っていたのだ。思わず俺が冒頭の如く叫んでしまったのも仕方のないことだろう。
「なんじゃこりゃー!?」
「これ程の数の死霊に私が気づけないなんて!?……そういえば!!」
「どうした、何か分かったのか?」
「マスター、ここは確か神を祀る場所なのですよね?」
「ああ、神の社と書いて神社というからな……って、まさか!」
「そのまさかです!ここは真正の神域であり、周辺の死霊を集めて内部に封じ込める役割をもっているのではないでしょうか?私とマスターが全く感じ取れたかったのは、外部との繋がりを完全に遮断するが故かと」
「なるほど、道理でこんなボロボロな廃神社がいつまでたっても、再開発もなく放置されているわけだ!って、危な!」
こちらを察知した死霊の一撃をすんでのところでかわす。一体一体は大したことないが、数が数である。取り付かれたら、根こそぎ生命力をもってかれかねない。
「マスター、ここは危険です。一度態勢を整える為にも撤退すべきかと」
「そうしたいの山々なんだが、遅かったみたいだな」
俺の鍛え抜かれた感覚はすでに周囲を囲むように集う死霊の群れを感知していた。
「囲まれている!?どれだけの数が封じられていたというのですか!」
「ああ、もう!とにかくやるしかない!咲夜、剣を!」
「はい!<影よ>」
咲夜の言の葉に応じ、俺の影から一本の剣が現れる。それに飛びつくように剣を抜き放ち、そのまま死霊の群れを迎え撃つ。
全身を何か吸い出されるような脱力感が襲うと同時に剣が光を纏う。といっても、これは魔法剣なんて上等なものではない。ただ、自らの生命力を刃にまとわせただけに過ぎない。
陰の生命力の塊である死霊を、俺自身の持つ陽の生命力を纏わせた刃で切り裂く。生者・不死者関係なく、陰陽の生命力をもって動く者ならば、何者であっても切り裂くことのできる。故にその業から<命煌剣>と名づけられた剣煌技。俺の異世界での代名詞とも言える技である。
生物には肉体を動かす活力、生命力というべきものがある。分かり易くいうならば、少年漫画とかでよくある『気』みたいなものだと思って欲しい。眉唾ものだが、それは確かに実在する。これを操る術を得た事が俺が異世界で生き延びることができた要因の一つである。
因みに殺戮鬼討伐の際、吸魂鬼に不意をうたれ実際に生命力を吸われて死に掛けたことで、体得したものである。後少し吸われていたら、俺も同族にされていたらしいから、文字通り命がけであった。そうして、生み出されたのが生命力を付与した剣技である。師匠は転んでもただでは起きない男だと感心すると同時に呆れていたが、こちとら大真面目である。魔法剣はそもそも使えず、魔剣なんて早々手に入るものではないのだ。『聖教』には借りを絶対に作りたくなかったので、聖剣や聖別された武具も手に入らない。そんな中、名剣ではあっても何の力もない普通の剣で死霊の類を斬る為の苦肉の策として編み出したものなのだから。
後に咲夜との契約で必要なくなったが、別の用途があったので、何かと重宝した技術である。
「宿りますか?」
「いや、今はいい。折角だ、久々に全力で行く!お前は連中が迷わないように浄化だけ頼む」
「承知しました」
咲夜の折角の申し出だったが、ここは却下する。これだけの規模の死霊の群れ。あちらでも早々見ない数である。帰還してからの錆落としにはもってこいだと判断したのだ。
当たるを幸いに、容赦なく死霊達を切り裂いていく。あんまり時間をかけていると、こっちがやばいので、もたもたしていられないのだ。ちなみに咲夜の心配は不要だ。彼女は死霊の類には滅法強い。どんだけ束になろうと咲夜には傷ひとつつけられないだろうから。
境内を縦横無尽に駆け回り、死霊達を薙ぎ払う。予想通り数こそ多いが、個々の力は大したことのない烏合の衆である。その上、死霊は本能的に陽の生命力を求めるので、自分から斬られにくるようなものだ。咲夜の言葉通り鎧袖一触であった。
「これなら楽勝……って、そんな甘くないか」
終結した死霊の半数を斬り祓ったあたりで、境内の中央あたりに死霊が集結していることに気づく。どうやら、闇雲に襲っても意味のないことを連中も理解したらしい。
横目で見れば、咲夜は次々と彷徨える魂を浄化し導いているのが見える。宿らせることも考えたが、あの様子を見る限り、このままの方がいいだろう。宿らせれば、それこそ一瞬でかたをつけられるが、それは魂の消滅と同義だ。俺が斬り祓い、それを咲夜が浄化し導くという構図が最善であろうから。
「なるほど、確かにそう固まられると俺としても手が出し辛い」
こちとらか弱い人間様であり、今はまともな防具すらつけていないトレーニングウェア姿。しかも、『完全無魔』である俺には魔具による強化補助も、魔法による保護もないのだから。ぶっちゃけ、いくら俺でもあそこに突っ込んだら、全部斬り祓うまでに全生命力を奪われて死ぬだろう。
「でもさ、手が出せないと思ったら、大間違いだ」
生命力を身内で練り極限まで凝縮圧縮し、迷いなく死地へと踏み込む。狙いは中央。単純に生命力を刃に纏わせるのではなく、剣を発射台の如く使い、斬撃と対象の接触地点で生命力を爆発させる。死霊達の中央から光の奔流が爆発的に生まれ、死霊達を逃げる暇も与えずに呑み込んだ。そうして、光が晴れた後には最早闇夜が広がるのみ。あれだけいた死霊達が、影も形もない。
「師匠曰く、それは生命の奔流にして、光の爆発。名づけて<生流光破>だったかな?」
原理は<命煌剣>と同じである。ただ効果範囲が違うだけだ。<命煌剣>が斬撃ならば、<生流光破>は爆弾だ。俺自身の生命力を使っているので、その効果と範囲に反して俺には被害がまるでなく、基本的に陰陽の生命力を宿さないものには何の意味もないものなので、建物等周囲の被害を気にする必要もない。その為、中々に重宝している技である。
「お見事です、マスター。今ので、この地に澱んでいた魂の殆どを浄化できました。後は害のない雑霊達です。放っておいても問題はないでしょう」
「おおっと、ちょいと待ちな。ここまでやったんだ。最後まで掃除しちゃくれねえか?」
「「!?」」
聞き覚えのない声に俺は剣を構え、咲夜も警戒を露わにする。声の方向を見れば、そこにはぼろぼろに廃れた拝殿らしきものがあった。そして、そこには見慣れない服装をした偉丈夫が座っていた。
「何者だ?」
「おいおい、そりゃあねえだろう。お前ら、ここをどこだと思っていやがる。恐れ多くもここは俺様の神域だぞ。そこに土足で踏み入ったのはお前らのほうだ」
「……(咲夜、あれは本物か?)」
「(大分弱っているようですが、間違いなくこの神域の主だと思われます)」
目の前の現実を否定したくて契約のラインを用いて咲夜に念話をするが、返ってきたのは残念なことに肯定だった。
(なんてこったい、死霊の群れの次は神様ときた。いつから俺の故郷は幻想に侵食されていたんだ?というか、本当にここは俺の世界なのかよ!)
正直、これが夢ならどんなによかったことだろうか!ここまで非日常が連続すると、本当に帰還できたのか疑わしくなってくる。
まあ、そう思いたいだけで、目の前の事象がまぎれもない現実であるとは理解しているのだが。
「おい、こそこそしてんじゃねえよ。名を名乗りな小僧」
苛立たし気に神が言う。その言の葉には神威が宿り、常人ならば跪いてもおかしくなかっただろう。
しかし、生憎と俺は魔神殺しであり、ただの神に膝を屈するいわれはないので、平然と返すことにした。
「俺は神楽刀夜。こっちは従者の咲夜だ。で、あんたはなんていう神なんだ?」
「小僧、神に対してその態度はなんだ?俺はあんまり細かいこと気にする口じゃねえが、それでもテメエの態度は目に余るぞ」
「悪いが、ただ神であるというだけで畏敬できるような精神はしていないんだ。そういうのがお望みなら、他をあたってくれ」
「小僧!」
俺のいい様が余程気にいらなかったようである。放たれる威圧は先の比ではない。
「無駄無駄。その程度の威圧じゃ、俺を屈服させられないよ。悪いが、そういうのには嫌と言うほど慣れされたんでね」
「なんだと?」
俺の言葉に怪訝な顔をする名も知れぬ神。まあ、論より証拠か。
「咲夜、あれを」
「!?よろしいので?」
「百聞は一見に如かずってな」
「分かりました。<深遠なる闇よ、その拘束を一時解き放ちたまえ>」
咲夜の封印解放と共に、俺の影から漆黒の抜き身の禍々しい剣が現れる。その瞬間、世界が止まったと錯覚するほどの重圧が吹き荒れる。それは神威を吹き飛ばし、神域をきしませる。
「なっ!?そ、そいつは……」
「異界の魔神を斬り殺した時に手に入れたそいつの武器さ。元は巨大な戦斧だったんだが、俺が手に取ったら何かヤバゲな剣になったんだよな」
漆黒の剣に絶句する神に説明しながら、漆黒の剣を手に取る。すると、嘘のように重圧は薄れ消えた。
「完全に従えてやがる。ということは、小僧……テメエは真正の神殺しか」
「まあ、あれが本物の神ならばそうなるな」
神の震えるような声の問いに平然と返しながら、漆黒の剣をしげしげと見つめる。それにしても、禍々しいことこの上ない剣である。やはり平時には使う気にはなれない剣だ。
「マスター、大丈夫なのですか?」
「うん?ああ、大丈夫だ。破壊衝動に駆られたりはしないさ。まあ、きかん坊には変わりはないからな。用は済んだし、しまってくれ」
「はい、直ちに!<夜よりもなお暗く 闇よりなお深く 沈み縛られよ>」
俺の影がひとりでに動き、漆黒の剣にまとわりつき呑み込む。嫌がる剣の意思が伝わってくるが、逆におとなしくしていろと命じる。一瞬後影に呑まれ、最早漆黒の剣はどこにもなかった。
「……大した霊力も感じられないのに、死霊共を薙ぎ払ってやがったから、只者じゃねえとは思っていたがな。まさか人の身で神殺しとはな、恐れ入ったぜ」
「で、納得してもらえたか?」
「ああ、これ以上ないほどに納得したぜ。俺の負けだ。俺の名は志那都比古。
見知りおけ人間。いや、刀夜」
「シナツヒコ?日本神話に登場する風神か!何気に有名神が、なんでこんな廃神社に?」
シナツヒコ、『古事記』では志那都比古神、『日本書紀』では級長津彦命と表記される神である。前者では神産みで生まれたされる名のある神である。日本神話的な位置づけで考えれば、こんな廃神社にいていい神ではない。
「ここは強力な鬼を封じていてな。俺はその要なんだよ」
「ああ、なるほど。死霊の巣窟になっていたのは……」
「そうだ、鬼の野郎が集めてやがるのさ。食う為にな。まあ、俺がいるんで、集めても食うに食えなかったわけだがな。そのおかげで神域にもかかわらず、ここはあの有様だったわけだ」
「うーん、そこが分からないんだが」
「なにがだ?」
「いや、あんたみたいのがいるなら他にも神がいるんだろう。でもって、当然国家鎮護の組織があるわけだろう?」
「退魔士のことか?というか、お前は退魔士じゃないのか?姉貴に頼んだのがきいて、二十年ぶりにようやくお役目を果たしに来たと思っていたんだが違うのか?」
二十年分も溜まっていたのかよ!道理で半端ない数だったわけだ。そりゃ二十年も放置すれば、ああもなろうというものだ。しかし、だとするとなぜそんな長期間放置されることになったのだろうか?見た感じ、いくら神域といっても許容限界であったはずだ。あの量の死霊が解放されたら、周辺地域で少なからず死者がでていただろうに。その退魔士とやらは今は機能不全に陥っているのだろうか?
「いや、俺退魔士じゃないし、鍛錬に人目のない場所を探していたら、ここにたどり着いただけだし」
「げっ、本当かよ!退魔士の連中は何をやっていやがるんだ。ここのお役目は三百年前から続く重大事だっていうのによ」
「……(マスター)」
「……(みなまで言うな。分かってる。300年前もの封印とか、どう考えても厄ネタだ。場所は惜しいが、ここは聞かなかったことにしてフェードアウトするぞ)」
「(承知しました)」
表面上は無言を保ったまま念話で素早く意思疎通をすると、さっと逃げ出すべく踵を返すが……遅かったようだ。俺達を囲むように風の結界ともいうべきものがすでに築かれていたのだ。
「おいおい、つれねえな。折角だ、ゆっくりしていけよ」
「いやー、何か重大ごとみたいだし、巻き込まれる前にお暇したいなーなんて」
ニヤリと不敵に笑う男神に、俺は駄目元で言ってみるが、現実は非情であった。
「お前が退魔士じゃなかろうと、あの数の死霊共をものともしねえような貴重な人材を逃がすわけねえだろう。お役目が果たされていない現状では尚更だ」
まあ、シナツヒコの立場なら当然の判断と言えよう。俺が逆の立場であってもそうするだろう。
「あんたの判断はもっともなんだけど、悪いけど流石にただ働きは嫌かな」
「ふん、まあお前の言うことも分からんでもない。だから、ただとはいわねえよ。お前の望みどおり、ここを鍛錬の場としてお前に解放してやる。それも人払いの結界つきでだ。後は、そうだな。すぐにとはいかねえが、報酬も出るようにしてやるよ。それにお前、ここの住人だろ。その平穏の為に働くのもわるかねえと思うがな」
「うぐっ」
中々に痛いところをついてくる。確かに野外の鍛錬場所は喉から手が出るほど欲しい。室内ではどうしても限界があるし、万が一にも他者に見られる可能性を排除できるのはありがたい。報酬も後になるとは言え、出るならばこちらとしてもありがたい。それに一住人として放置しておけないのも事実である。放っておけば退魔士とかいう輩がなんとかするんじゃないかとも思うが、二十年も放置されているとなると、希望的観測に過ぎるというものだろう。
それでも、強引に帰ろうと思えば帰れるが、恐らく近場でこれ以上の好条件の鍛錬の場所は見つからないだろうし、何よりこんな近場に特大の爆弾が埋まっているのを放置というのは、あまりに精神衛生上よくない。
―――――ああ、もうここに来た時点で、俺の戻る道などなかったのだ。
「マスター、その……」
「ああ、いい。咲夜、俺の腹は決まった」
「ってことは、いいんだな?」
「ああ、俺はここを使う代償として、ここに集まる死霊共を祓う。それでいいんだよな?」
「おう、とりあえずそれだけやってくれりゃあ、俺としちゃあ文句はねえぜ」
満足気に笑うシナツヒコ。それを横目で見ながら、俺は深々と溜息をついた。
剣と魔法の異世界から、平和ボケと称されるほどに平穏で平和な日常を甘受できる現代日本に帰ってきたはずなのに、俺は幻想とはこれっぽちも縁が切れないのだから。