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勇者と僧侶と魔法使い

作者: (^o^)

 つい最近桜が散った木々のある広い公園。そこに僕たちはいた。まだ上着を羽織る必要がある寒さで僕は淡い桃色のパーカーを羽織っていた。


 他にも人はまばらにはいるが、花見の比ではない。花見のあとなのでゴミの量は多く、芝生ではない道にもビールの空き缶や空っぽの弁当箱が落ちていた。遠くでゴミを拾うボランティアらしき人が見えた。ボランティアの人たちはよくあんな途方も無い事をしていると思う。


 きっと花見をする大人たちはただ何かをネタに憂うつなことを忘れて、騒ぎたいだけなのだろう。その一時的に現実逃避をする点では読書と似ている気がした。僕たちは法律的に禁止され、酒を飲むことが出来ない代わりに現実逃避として読書をする高校生だった。


 木で出来た背もたれがあるベンチに僕と石森は腰掛けていた。


 僕は残りのぬるくなったブラックの缶コーヒーを飲み干した。飲み干したら飲み干したらで、暇になったので石森を眺めた。さきほどから石森は熱心に指を動かして、スマートフォンを操作している。彼はちょうど現実逃避の真っ最中でケータイ小説というものを読んでいた。


 貧乏ではないが、僕はスマートフォンもケータイも持っていなかった。一度持ったことはあるが、しょっちゅう振動するスマートフォンに嫌気が差して、妹に譲った。妹は誕生日のサプライズで両親に動物園に連れてってもらうことが決まった時のように跳ねて喜んでいた。僕の妹は何よりも動物園が大好きだった。


 スマートフォンを持っていた時、他の友人に進められて、僕も読んだことがあった。紙の小説同様、それなりに楽しめたけど、合わずにすぐに読むのをやめてしまい、今の石森のようにハマりはしなかった。


 とはいえ、石森がケータイ小説を見だしたのは今日。しかもついさっきのことなので、ハマったとは言い難いかもしれない。だけど、今の集中具合は異常で十分ほど授業を聞いていたら眠くなるといって、寝始める彼の普段を知っている僕にとっては静かに感動したほどだった。



「俺、勇者になるよ。池谷」


 顔を上げて唐突に、しかもかなりにやけていたので気持ち悪いなと感じた僕は石森を軽く小突いた。「痛え」と石森が言った。



「いきなり何言い出すんだ」


「勇者になるって言ったんだよ」


 興奮しているところを見ると、石森はケータイ小説に触発されたらしい。僕は勇者なんてフィクションの世界だけでこの世界にはいないと諭した。


「頑張ればいけるよ。池谷、お前は僧侶な」


 それでも石森の興奮は収まらなかった。スマートフォンを落としそうな勢いで手をばたつかせる。お前は子どもか。と僕はため息を吐いて呆れる。



「どうせなら魔法使いがいいな」


 僕は僧侶ポジは何となく嫌だったので、近くのゴミ箱を眺めがら、ゲームではメジャーな格好良さそうな別の職業を言ってみた。



「ダメだ。残念だけど、魔法使いは可愛い女の子がなるって相場がある」


 熱心に説く石森に僕はなるほど。と適当に同意した。一体魔法使いは誰がなるのだろうか。石森は普段は面白いし、いい奴なので彼女や女友達がいないのは本当に不思議だった。見つけた女の子をかたっぱしから口説くのがいけないかもしれない。



「で、具体的には何をするんだ。日本には魔王はいないよ」


「それを考えて無かった。盲点だったよ」


 僕は石森が勇者なんてアホみたいなことを口にするより、盲点と口にしたことに驚いていると、この地域で指定の黄色いゴミ袋を片手に、つやのあるロングヘアの可愛い女の子が横切った。袋の中は結構なゴミの量だった。顔立ちからして僕らと同い年ぐらいだろう。


 石森は女の子を口説くのが好きだが、特に黒髪のロングヘアの女の子が好きだった。そして、当たり前だけど、失敗する。だけど、石森は何故かこりずにまた口説く。これは立ち上がるな。と思っていたら、やはり石森はベンチから立ち上がった。その姿はわずかだが、村人が虐げられるのを見て、魔王を倒そうと立ち上がる勇者にも見えなくはなかった。



「俺、やっぱ夜の魔王になるよ」


 お前は勇者になるんじゃなかったのかと言う前に石森は女の子に近づいていった。僕はそれを眺めることにした。


 しばらくして石森が肩を落とし、女の子が行くのを見届けると、僕は仕方なくなぐさめてやろうと空き缶を持って、近付いていった。


 ボランティアの人たちを見ながら僕は思った。花見のあとのゴミを拾う人たちこそ勇者かもしれない。ああ、あの女の子の場合、勇者じゃなくて魔法使いって呼んだ方がいいのかもしれない。


 なんたって可愛い女の子なのだから。そして、僕はあることを思いつく。それはとってもいいことのように思えた。



「おい石森。今すぐあの子にゴミ拾いを手伝わせてくれと言え。手伝っている最中に話しかけろ。僕もお前と女の子と仲良くなるように手伝う。それぐらいのフォローはしてやるよ」


 僕は言った。



「……池谷、お前はやっぱり僧侶の素質あるよ。へこんだ俺を回復してくれた」


「ずいぶん強引だな。まあそんなことはいい。ほら早く。女の子が行っちまうぜ」


「おう」


 僕と石森は女の子を追いかけ始めた。





終わり

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