1-8 ご迷惑をおかけします
驚愕が声となって部屋中に響き渡りました。
(え、ちょっと待って! 村長ってこんな若くてもなれるんだっけ!? 私、公民の勉強なんて全然しなかったから分かんないよ!)
村長といえばおっさん、またはお爺さんといった固定概念のせいで頭が混乱しました。
(……落ち着け、これ以上取り乱したら変人にしか見られなくなる)
現に二人はそれぞれ私へ不思議そうな顔といぶかしんだ視線を向けていました。
「あ、ごめんなさい。あまりにも若い村長だったからちょっと驚いちゃって……」
本当はちょっとどころじゃない驚き方をしましたが……。
「そうですか、やっぱり意外だと思われるんですね」
あれ、どうやら私の驚きは案外と間違っていないようです。
「本当はちゃんとした村長がいたんだが、前村長は半年前に病気で亡くなってな……訳あって俺が務めているんだ」
つまり、仮――代理って事ですか?
何だか色々と大変そうな気がします。ここは深く追求しない方が彼らにとっても良いかもしれません。
「村長から全て聞きました。遥か彼方の地にあるジェパという場所から来られたんですよね? たった一人と一匹で旅を続けてこられたそうで……」
いや、ジェパじゃなくてジャパンなんですけど。
こら村長、何勝手に本人の知らぬ間に話をしているんですか。
「同じ女性としても尊敬します! きっと凄まじい旅を続けてきたんですね」
エレンちゃ~ん。お姉さんそこまですごくありませんよ~?
若干興奮した顔をして話をしているところ悪いんですが、期待の眼差しを向けられると本気で胸が痛むんで止めてほしいです。私ではその期待を裏切ってしまいますから。
「それにあんな凄そうな魔物を使役できるんですから! 魔物を懐かせるっていうのはすごく困難だと聞いてますよ?」
吾朗の事ですよね? 魔物じゃなくて只の犬……もはやどうでもいいですか。
あと難しくなんかないです。あの馬鹿犬なんて食い物ちらつかせれば誰にだって懐きますから。
「それとそれと――っ!!」
「エレン、話が進まないからそろそろ止まってくれないか?」
「ふぇっ!? あ、す、すいません!!」
「いえいえ、全然気にしていませんから……」
エレンちゃんの浮ついた一人話は村長――ガーグナーの制止によってようやく終わりました。
元気のいい子は嫌いじゃないですよ? むしろ、目の前で相変わらずの無粋な顔を向けてくるこいつ――ガーグナーと話が代わる事が嫌だと思いました。
ですから私は淡白な反応をしてしまうのです。
「……何よ、この強姦魔」
「まだあの事を根に持っているのか。仕方がなかったって言っただろ?」
「仕方がないで済んだら警察なんていらないのよ! こういう場合、アンタには私に対して言うべき言葉があるんじゃないの!?」
「…………」
こら、意地を張るんじゃありません。それとも何ですか? あわよくば、うむやむにしてこの場はやり過ごそうって魂胆ですか?
なるほど、相当な腹黒さをお持ちで……。ですが私も一筋縄ではいきませんよ。謝るまで態度は絶対変えませんから。
「そんな事より、お前、名は何ていうんだ?」
仕舞には“そんな事”ですか……。眉間に一瞬だけ皺が寄った気がしましたが、冷静にいきましょう。
確かに、今まで私は名前を告げた覚えがありませんね。このまま名前を知られぬまま話を進めるのは面倒になりますからここで紹介をさせてもらいましょう。
「月島彩よ。名字が月島、名前が彩」
「じゃあサヤさんですね! よろしくお願いしますサヤさん!」
はい、あいさつありがとうございます。元気ですね、花丸をあげちゃいましょう。
「ツキシマ……サヤ……変な名だな」
だけどワーグナー、アンタは駄目。零点を突きつけてあげるわ。あと変な、とは余計よ!
「うわあぁぁぁぁーーーーー!! 助けてえぇぇぇぇーーーーー!!」
意識の隙間を縫うかの悲鳴。この場ではなく、限りなくこの場に近い音声。
「何、さっきの……?」
「ムドの声だわ!?」
「急ぐぞ!」
また置いてけぼり。二人はこの部屋から大急ぎで出て行きました。
(身体は……良し、動く!)
一人にされる不安。悲鳴の正体。要因は他にもありましたが、私をベッドから立ち上がらせるにも十分。
二人の早さには及ばないかも知れませんが、部屋から出て駆け足で追いかける事にしました。
「やめろよ! 放せって! うひえぇぇぇぇーーーーー!!」
悲鳴の元はそんなに遠くはありませんでした。廊下の角を一度曲がると、そこにはガーグナーとエレンちゃんが呆然とドアを開けた部屋前で立ち尽くしていました。
すごく気になった私は横から二人が見ている物を隙間から覗いてみます。
「ハッハッハ……」
「ぶぇっ! 気持ち悪っ!? どけってば! うわあぁぁぁぁーーーーーん!!」
「これは、どうすればいいんだ?」
「ごめんなさい、私にもわかりません村長」
部屋には吾朗と先ほど私の顔に悪戯をした子供の一人がいました。
状況を簡単にいえば『くんずほぐれつ』
しかし、優位は吾朗、劣位は子供。
吾朗は横たわっている子供にのしかかり、一心不乱にその顔を舐め回していました。
「わふっ! ぶふんっ!」
「おい、サヤ! お前の魔物だろ!? どうにかしてくれ!」
「あ~あれなら大丈夫。あいつ気に入った相手に対してだとああする癖があるだけだから。気に入るとしたら……えっとムド君? そいつに何か食べ物か何かあげたりしなかった」
「うぷっ! い、芋あげたー!!」
「あ~ありがとうね?」
「サヤさん、お礼を言っている場合ですか!? 早く何とかしてください!」
まったく、本当に騒動を起こしたがる奴ですね、吾朗。
悩みの種に困らないって感じですよ。とにかく、あのまま子供が泣きじゃくるのを眺めているほど嗜好が危ない女だとは思われたくないので、責任は果たしましょうか。
「ほら、吾朗! いつまでも遊んでないでさっさと離れなさい!」
「わふっ!?」
「ほらほら! ここが良いの! ここが気持ちいいんか~!」
「わう~ん……」
飼い主だからこそ、ツボを抑えるのは熟知していますから。後ろから抱きかかり、首の後ろと前足の脇をくすぐって力を入れられないようにさせました
「あ、ごめんね? もう離れていいよ」
「う、うん……」
子供――ムド君はおっかなびっくりな顔をしたまま、吾朗から大急ぎで離れ、部屋から出て行きました。
後でちゃんと謝っておきませんとね。
「――んで、これでいいかしら?」
「あ、あぁ……」
「……すごーい、あっという間に黙らしちゃった」
二人は個々の反応をしていました。
何ですか? 何とかしろと言ったのはそっちじゃないですか。
(……まぁいいか)
文句を言っても仕方がありませんので、今は吾朗の毛並みを十分に楽しんでおきましょう。
――そんな時でした
「――あれ、吾朗? 首元の毛に何か……っ!?」
吾朗に抱きついた事で『それ』はようやく発見できました。
まさか、ここに来てまた見られるなんて、小さいですがラッキーと言えましょう。
「今頃言わせてもらうけど、助けてくれて本当にありがとう、エレンちゃん。お礼といってはなんだけど、私から“美味しい物”を用意させてもらうわ」
私の予想が正しければ、また増やせるかもしれません。大丈夫、きっと大丈夫……。
大きな期待を胸に秘める私の手には、小さな黒いスイカの種がしっかりと握られていました。
「おい、助けたのは俺だぞ。間違えるな」
うっさい、変態は少し黙ってなさい。