1-7 ようこそペルルの村へ
少し時間が空きましたので投稿
腕と足の感覚が無くなりつつある中、私は吾朗を抱っこして鬱蒼と茂る森を抜けるべく、仕方なく彼の後に続いていました。
「ねぇ、いつになったら村につくのよ?」
「あと少しだ」
「あのねぇ……その言葉、何回目だか分かって言ってるつもりなの? 五回よ五回! もう少しはっきりした答えを言いなさいよ」
「うるさい女だな。だったら同じ質問なんかしなければいいだろうが」
「こっちは辛い思いして歩いている身なのよ! 期待させて落とすって事を何回もやられたら流石に苛つくのよ!?」
「あ、そこ穴が開いているから気をつけろよ?」
「ふぎゃんっ!?」
足元を疎かにしたおかげで歩みが空を切り、腰元までの深さがある穴に踏み外してしまいました。
その際、腰を縁で強打してしまい、痛みに悶絶します。
「おぉぅおぅ……!」
「大丈夫か?」
「早く……言って……よ……」
心が挫けそうです。何で私がこんな目に合わなきゃいけないんですか。
知らない地に訳も分からず放り出され、助かったと思ったら見覚えのない事で疑われて、証拠見せろとかで脱がされ、挙句には飼い主の責任としてデブ犬――吾朗を持ち運ぶ始末。
「……ちっ、しょうがねぇな」
うまく立ち上がれずにもたつく私に煮えを切らしたのか、彼は地面に横たわる私を無造作に脇で抱えて持ち上げてきました。
今、彼の両脇に私と吾朗が抱えられている状態です。
「うぷっ!? こ、この体勢はきついから! せめて最初の抱き方にしてよ!」
「断る。小便漏らした女を胸に後生大事に持つほど俺は女に飢えてはいねぇよ」
(また言った! 小便、小便って何度も連呼すんな!)
彼の羞恥心をくすぐる言葉に静かな怒りを込めて、私は手足をばたつかせて殴るや蹴るを仕掛けますが、腰が入っていないので痛くも痒くもないでしょう。
それが余計に悔しくて、何度も同じ事を仕掛けますが、彼の前では無意味。
「大人しくしろよ。それと、口は開けるな、舌噛むぞ?」
「へっ――?」
そこから、私の意識は強制終了を起こしました。
電子機器の電源が停電で突然に落ちるがごとく、ぷっつりと消えた私の意識。
それを気絶だと脳が認識する暇もなかったでしょう。
「ねぇねぇ、この人起きないかな?」
「大丈夫だって安心しろよ。ほら、完全に気絶してるんだぜ」
「だけどバレたらきっと怒られるよ……やっぱ止めようよ」
「お前ってば勇気ないな~。俺はやるぜ! うっしっしっし!!」
何やら騒がしい気がします。段々と覚醒を始める私の意識は感覚を取り戻し、視覚と聴覚から情報を取り込み始めました。
目はまだはっきりとしませんが、人影が二つほど上から私を見下ろす形で映っています。
「おし、成功! あと片方はお前がやれって!」
「嫌だよ怖いもん! この人が起きたらきっと怒られるよ」
鼻がなぜかムズムズします。あ、まずい……くしゃみが。
「ぶぇっくしょんっ!!」
「「!!??」」
くしゃみの反動によるおかげか、完全に意識を覚醒させた私は横たわっていた身体を思いっきり起こしました。
今まで目を瞑っていた影響によって目がちかちかしますが、直に慣れてくるでしょう。
「ずず……んっ?」
「やべ、起きちゃったよ!?」
「どうするの兄ちゃん!?」
「決まっているだろ! ここは一旦逃げるが勝ちだぜ!」
「あ、待ってよ~!」
起き上がって早々、私の目の前に映ったのは子供二人。
会話から聞くに兄弟らしいですが、私が視線を向けると一目散に逃げようとする間際でした。
子供達はドアを勢いよく開け、そのままにしたまま颯爽と出て行ったのでした。
「……一体何なの?」
訳が分かりません。そういえば、周りを見渡してみると、あの鬱蒼と茂った森はどこにも見えず、どこかの建物内でした。
今では珍しい木造建築。農家生活の私でも趣があって中々良い物だと感じます。
「ムド、ラル、どうしたの? あっ……」
そんな時、入れ替わりとしてこの部屋に一人の少女が入ってきました。
「大丈夫ですか? よかった……目が覚めたんですね」
「あの~、ここはいったい?」
「あ、はい。ここはペルルの村です。いや~村長が狩りから戻ってきたかと思えば、脇に貴方を抱えてきたんですからビックリしましたよ」
「はぁ……」
ペルルの村? どこですかそこ?
やっぱり分からない。情報をじっくり整理したい所ですが、しばらくは無理でしょう。
「それよりも、うふふ……」
彼女は何やら笑いを抑えようとしていますが、あからさまに抑え切れていません。
「どうかしたの?」
私は彼女がなぜ笑うのか分かりませんでした。ですが答えは傍にあった鏡を取り、自分の顔を映して見る事で分かりました。
「どれどれ――んなっ!?」
原因は私にありました。正確には、私の鼻は片方だけ小さな木の欠片で塞がれた状態でいたからです。なるほど、これは見る人には笑えるでしょうね。
けど、やられる側にとっては冗談ではありませんよ。すぐさま鼻穴に詰められている木の欠片を引っ張り出しました。
「きっと悪戯好きのムドとラドの仕業ね。ごめんなさい、あの子達には私からきちんと叱っておきますから」
「イエ、オキニナサラズ」
子供の悪戯に態々と目くじらを立てるのは大人失格と良く言われますが、これ経験者だから言っているんですかね? そうであると願いたい物です。
「起きて早々、面白い事になってるな、お前」
次に部屋へと入ってきた存在。現段階では嫌いの部類に入っている彼がドアの前に立っていました。
「あーアンタ!?」
「あ、“村長”お疲れ様です!」
「すまないなエレン、看護を態々と引き受けてくれて助かった」
「いいんですよ、お互い様です」
「…………えっ?」
彼女は今、何と言ったんでしょうか?
村長? ……こいつが?
目の前にいる、見るからに二十代前後なこいつが?
「あ、紹介は済んでいらっしゃるかもしれませんが改めまして、こちらはペルルの村で村長を務めていらっしゃるガーグナーさんです。私はその補佐のエレンといいます。ペルルの村へようこそ!」
「はあぁぁぁぁーーーーー!!??」