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1-3 食糧ください

 


 人間、本気でじっとしていられる時間は数分ちょいだとされています。

 なぜなら、途中で生理現象などが身体を無意識に動かそうとするからです。

 もちろん、私も例外じゃありませんよ。

 ましてや、見ず知らずの場所にそのままって訳にもいきませんからね。

「ハッハッハ……」

「痛た……ちょっと切っちゃったかな……」

 うっそうと茂った植物を掻い潜るというのは水中を移動するくらいになし難いです。

 雑草ならば踏み越えれば済みますが、固い枝や葉を持つ種類ですと立派な障害物。

 さっきから肌が擦れたり、軽い切り傷を作ったりと大変です。

「お腹空いた……」

 本来なら夕食にありついている筈でしたが、吾朗共々にご覧のありさま。

 手に持っていた唯一の食料であるスイカはもうありません。

「吾朗、もし食べ物見つかってもアンタには絶対あげないからね」

「くぅ~ん」

 私は「ごめんよ~」と軽く反省し、悲しそうな表情をする吾朗を睨みつけました。

 聞いてくださいよ、この馬鹿犬……貴重な食料であるスイカを半分に割って分けてやろうとしたら、大口開けて残りの半分をまとめて掻っ攫おうとしたんですよ?

 慌てて死守しましたが、時すでに遅し。半分だったスイカは更に小さくなっていました。

「な~にしてんのよこの馬鹿犬!?」

 さすがに私も怒らざるを得ませんでした。力任せに吾朗の閉じた口をこじ開けようとしましたが、非力な私の腕力では微動だにせず、犬のくせに口を閉じたまま咀嚼(そしゃく)という器用な真似をして美味しくいただきやがりました。

「私、このまま生きていられるのかな……」

 残った貴重なスイカは甘みよりも苦みが目立ちました。

 今でも空腹を少しでも紛らわすため、果肉が無くなった皮部分をしゃぶって飢えと渇きを耐え忍んでいます。

「ホントどうしよう。どこかに木の実でも出来ていればいいのに……」

 現時点の目的は所在不明なこの森を一刻も早く抜け出す。食料を確保する事です。

 一食抜いたぐらいで人間は死にはしませんが、空腹はさすがに(こた)えます。

「わんっ!」

 吾朗が唐突に吠えました。何かを見つけたそうです。

 低めな視線の先には……青い光沢を放つキノコがいくつか……。

「う゛う゛う゛う゛う゛!」

「はい、駄目駄目駄目っ!? 見るからに怪しいよね!? マジックマッシュルームなんて目じゃない色合いしてるよね!?」

 食欲旺盛な吾朗がさっそく飛びつこうとしたのを、私は慌てて羽交い絞めをして止めました。

 大型犬なのですごい馬鹿力ですよ。気を抜けば一気に引きずられそうです。

「わんっ! わんっ!」

「大丈夫だって? そりゃあ犬は匂いで毒を見分ける能力があるけど、アンタほど食い物に関して信じられない奴はいないから!?」

 昔、父とヨモギ取りをしに山へ一緒に連れてきた時、トリカブトの花を口に咥えてきた事ありますからね。慌てて奪い取って事なきを得た経験があるんですよ?

「この、いい加減大人しくしなさい!」

 私は吾朗の胴体を両手両足でがっしりとしめ、そのまま地面に吾朗ごと仰向けで倒れこみました。

――うぅ、犬相手に逆だいしゅきホールドを極める日が来るなんて……。

「わふっ!」

「うわっぷ!? こら、顔を舐めるな!」

 吾朗は最後まで抵抗し、顔をねじってちょうど位置していた私の顔を激しく舐め回し始めました。

 おもわず、口に含んでいたスイカの皮を吐き出してしまいますが、それよりも気持ち悪さが激しくて気にしません。

「ちょっと、ホントやめ……んあ!?」

 これ以上はいけません。バターと犬が混ざり合う光景が誕生してしまいます。

 とうとう私は耐えきれず、ついに吾朗から手足を外してしまいました。

「うぷっ、犬臭い……」

 顔に付いた涎から漂う獣臭。

 水が、水が欲しいです。洗面台が恋しいです。

「吾朗、駄目!?」

 それより、吾朗は既にキノコへと近付いて、「フンッ! フンッ!」と荒い鼻息を立てて鼻を付けていました。

 とっさに大声を上げて呼び止めましたが、やはり聞いてはいません。

 そのまま吾朗は、

「……フンッ!」

 一回、顔を奮って「やっぱりいらねぇや!」という風な感じで口にせず、そのまま私の元へと帰ってきました。

「結局食わないんかい!?」

 思わず、私は突っ込まずにいられませんでした。

 散々、心配させておいて最後はこれですか? 嘗めているんですか?

 無駄に動いたせいで、余計にお腹が空きました。

 傍には先ほどまで口に含んでいた土塗(つちまみ)れなスイカの皮。

「お腹空いたよぉ……」

 私は名残惜しそうに拾い上げましたが、これを再び口にする勇気はありません。

 こんな状況では贅沢を言うなと叫ばれかねませんが、もし口にして病気になったらそれこそアウトです。

「スイカが食べたいよぉ……でっかく切ったサイズの思いっきり齧りつきたいよぉ……」

 段々と弱気になりつつある私は見慣れた風景が頭に浮かびあがっていました。

 実家がスイカ農家だからこそできたスイカの贅沢三昧。糖度検査での試食はよく立ち会っていたため、スイカが食べ放題でした。

――次の収穫時期はもう少しだったなぁ……。

 そんな関係ない事を考えていると、ふと手に妙な違和感が現れました。

「なんか手がくすぐったいような……」

 右手はスイカの皮を手にしていますが、左手は地面につけています。

 その左掌(ひだりてのひら)がなんだか痒いというか、何というか……。

 考えるよりもまず行動。地面から左手をどかしてみました。

「……種?」

 手の下からは小さな黒い種――スイカの種が現れました。

 恐らく、食べかけの中に一個だけ残っていて、さっき吐き出した際に地面へと落ちたんでしょう。

 それを私が偶然にも左手で覆いかぶせていたという訳ですね。

「……んっ?」

 その種ですが、なんだか震えているようにも見えます。

 一瞬目の錯覚かと疑いましたが、何度見ても種自らが震えているようにしか見えません。

「どうなってんのよこれ?」

 試しに指でちょんちょんと小突いてみました。

 その瞬間、“弾け”たんです。

 いえ、爆発した訳ではないのですが……黒い殻がホウセンカの種が弾け飛ぶように散らばったんですよ。

 思わずびっくりしてしまいました。至近距離でこんな現象が起きたら誰でも驚くとは思いますが、予想の範疇(はんちゅう)を超え過ぎでしょう。

「なに、何なの!?」

 私のうろたえを余所に、種があった場所には小さな緑の芽が出てきていました。

 芽の形は見覚えがあります。なんと、スイカの芽です!

「おぉおぉぉお!?」

 変な声が上がってしまいました。

 なにせ、芽が出たと思いきや、急速に芽が成長していくんですよ。

 双葉が大きくなり、子葉が現れ、こづるが伸びていき、ついには花が咲き始めます。

「雌花、雌花、あった!」

 スイカ農家の娘としての本能が働いたんでしょうか? 雌花を見つけるや、雄花を引きちぎって人工授粉に取りかかり始めました。

 これで効果があったのかは定かではありませんが、雌花の下に出来た子房は受粉が終わった途端に花が枯れ、たちまち大きくなっていきました。

 時にして約二分、私と吾朗の目の前には愛しの大きな果実。

「す、す、す……」

 緑であの黒い縞模様が綺麗な果実。

「スイカだあぁぁぁぁーーーーー!!」

「アオ~ン!」

 大玉スイカが出来上がっていました。



時間をください……。

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