1-2 やってきました異世界
スイカは葉の大きさや数の影響によってか、湿気が多いと病気になりやすい事でも有名です。
私の所では無農薬栽培を目指しているので、その管理がとてつもなく難しくなりますが、品質が誇れるスイカとして市場に出せます。
その管理を徹底的な物にした事が私の一番にした両親への貢献とも言えましょう。
仕事柄で使っていたノートパソコンを駆使し、インターネットで天気を詳しく調べたり、苗に影響の無い虫駆除や病気予防の方法を探ったりと、長年の経験と勘でスイカ農業を立ちあげてきた両親を支えるにはピッタリな役割がありました。
「彩、ご飯出来たから早くいらっしゃーい」
「ちょっと待ってて。これ終わったらすぐ行くから」
縁側で柱に背を預けながら、私は膝にノートパソコンを乗せてデータを書き込んでいきます。
足元の砂利には吾朗が静かに寝息を立ててぐっすりと眠っていました。よく働いてよく食べる。充足した生活を送れている様ですが、食い意地が張り過ぎているのが玉に瑕ですね。
「ここはこうして、ちょちょいっと……」
仕事モードに入った私はちょっとやそっとでは集中が途切れる事はありません。
ですから気が付きませんでした。吾朗がふと起き上がってどこかへと歩いていった事など……。
「よし、できたっと!」
最後のキーボード入力が終わってようやく一息つけると思い、腕を伸ばしてリラックスしました。
これでしばらくはゆっくりできます。田舎でもデジタルを入れるとかなり違ってきますね。
都心化と過疎化による影響の差異がしっかり感じられる部分とでもいいましょうか。
「吾朗、アンタも夕飯の準備……あれ?」
ここでようやく私は先ほどまで傍にいた吾朗がどこにもいない事に気が付きました。
「吾朗?」
周りを見渡しますが、陽が落ち始めて夕闇に包まれた畑しか見えません。
「はぁ……ま~たどこかへ遊びに行ったのかしら?」
吾朗は夜になると、偶にどこかを徘徊する癖があります。しばらくすれば、ちゃんと家に帰ってくるんですが、ご飯前に出かけるのは珍しい気もします。
面倒だと思いつつも、立ち上がります。
用意したご飯を冷まされるのは勘弁なりません。いくら自由だからといっても、限度という物があります。
「しょうがないわね、探してやりますか」
おやつ用として皿にあったスイカを一切れ手にし、逆の手には懐中電灯を持って夜の畑へと私は入っていきました。
夜は虫の鳴き声が騒音となってあちらこちらに響いてきます。吾朗を足音から探るというのは不可能であるといえましょう。
「ご~ろう~?」
私は声を出して呼び続けますが、吾朗からの返事は返ってきません。
おかしいですね。いつもなら反応して吠えてくれる筈なんですが……。
(まさか、山の中に入ったって訳?)
そうなると、人の力で探すのは難しくなります。
私は何度も吾朗を呼び続けましたが、結局返事は返ってきませんでした。
「……これは勝手に帰ってくるのを待つしかないかな?」
これ以上、捜索を続けると、私までもが両親に心配されてしまいます。
自分から帰ってくれるのを望みとし、私は家へ戻る事にしました。
「わんっ! わんっ!」
急停止した家路へ向かう足。
確かに聞こえました。吾朗の声です。
どうやら、結構近い場所にいるらしいですね。
「吾朗、そこにいるの?」
吠え続ける吾朗。そこにいるであろうと予想し、懐中電灯を照らしながら声の元へと駆け足で急ぎました。
気付けば、私は山の雑木林沿いを進んでいました。
ここら辺は未開拓の土地だから、何も無い場所と言われていますが、吾朗がいるのは未だ聞こえる声の行方からして間違いありません。
少々、乾いた喉を潤すべく、ようやく持っていたスイカを口にします。
「ほろー! ほほにひんの?」
口にスイカを加えたまま懐中電灯を照らすと、暗闇から現れたのは「ハッハッハ……」と熱を逃がすべく、舌を出したまま小刻みに息をしている吾朗の姿。
よく見ると、前足を中心に泥だらけの姿になっていました。
口から齧りかけのスイカを放し、さっそく遊び好きの弟分をとっちめました。
「な~にしてんのかな~ご~ろう~?」
「わふっ!」
吾朗の顔を両手で掴み、面白おかしく変形させつつ、あからさまに「私怒ってます」な笑顔を向けました。
たちまちブサイクな顔に変形した吾朗ですが、まったく懲りてる様子はありません。
むしろ、「何か用?」と言っている無神経ぶりがにじんできております。
「まったく、泥だらけになって一体何をしてたのよ?」
罰として、しばらくおやつ抜きにする事を決心してから、吾朗が何をしていたかを調べる事にします。
どうやら後ろにヒントがありそうです。何があるのか試しに懐中電灯で照らしてみたら、
「……何よこれ?」
“穴”です。それも半径一メートルはありそうな大きな穴が存在していました。
「これ、アンタが掘ったの?」
ですがありえません。穴を覗いてみましたが、先が見えないくらいに深いんです。
犬の力だけでここまで掘れる訳がありません。
「はぇー……。自然に出来た穴なのかも……」
色々と調べてみましたが、穴自体は地面に掘られた何の変哲もない物です。
問題の深さですが、試しに小石を投げいれてみましたが、何の音も鳴りません。
土で出来ているんですから、音が鳴らないのは当たり前なのかもしれませんが……。
「…………」
しばらく穴をしゃがんで見つめていましたが、一寸先も見えぬ闇が広がるその先を見ていると、何だか言いようのない恐怖がこみ上げてきます。
飲み込む固唾。木々をざわめかせる爽快な風。
これらが私の熱を冷まし始めるのが体感できました。
「わふっ!」
その時、突如として背中にのしかかる重量。
「ばっ……!? ちょっとどいてよ吾朗! 危な――」
「わんっ!」
抵抗したのも束の間、私は吾朗から加えられた更なる力によってバランスを崩し、天地が逆になったのです。
落ちる。地球に重力がある限り落ちてしまうのは当たり前。
冷静に判断していますが、実際はかなりテンパっています。
なので、次に来るであろう激突の痛みに耐えようと両腕が身体を抱きしめたのは本能だったんでしょうね。
目を瞑り、身体を抱きしめて来るべき痛みに備えます。
ですが何故か痛みは全然来ません。それどころか落下の体感もないんです。
「……あれ?」
強く瞑った目には何だか明かりが漏れてきます。
懐中電灯の明かりが顔に当たっているんでしょうか?
勇気を振り絞り、私は固く閉じた瞼をゆっくりと開けました。
「くぅ~ん?」
そこには、私の事を心配そうに見つめる吾朗。
近くに転がっている懐中電灯と食べかけのスイカ。
「……どこよ、ここ?」
日本ではまずお目にかかれないような見た事も無い植物や木々が生い茂った光景でした。
晴天から差し込む日差しが土の付いた私の顔を容赦なく差し込んできます。
おまけに仰向けで両足が頭の方へと持って行き、恥部が晒されるという恥ずかしい体位のままですよ。
……最悪です。