2-2 交渉は人と人との駆け引きです
応接室とは比喩できない内装の村長室。
私とガーグナー、ションさんを面合わせするのは安い木造りのテーブル。
頑丈性を考慮した工程で持ち上げるのに少々手こずる重さがありますが、安定性はバッチリと言えましょう。
「むぐっ! はぐっ! もがもがっ!」
ただ今、ションさんには村の目玉となり得るかもしれない商品――スイカを食味していました。
さすがションさん、ここでもやってのけるお方でした。
さっきので三玉目なんですが、一向に彼がスイカを口にする勢いが収まらないんです。
「……ねぇ、あの人いつもあんな感じなの?」
「知らん」
いや、知らないって……アンタが紹介した人でしょうが!?
小声でガーグナーに聞いた事は三文字で返され、何の答も得られずに私達はションさんの出方を待つ他ありませんでした。
「あの、よければお水を――」
「ん、ふぁんがほ!」
エレンちゃんが気を利かせてくれましたね。ですが勢いはそのまま、最後の一切れを平らげてから受け取ったコップの水を一気飲みしてしまいました。
「ぷはーっ! ふむふむ、これは……ほう」
次には何かを考える姿勢を取り出します。
色々と忙しい人ですね。
ションさんを相手に仕事をするのって結構疲れる事なんじゃ――。
「まぁ、頑張れ」
心読まないでくださいよガーグナー。うわ、少し緊張してきましたね。
「サヤさん」
「はい!」
唐突にションさんから名前を呼ばれた私は反射的に返事をしました。
「評価の工程を全て通り越して伝えさせてもらうよ」
「合格だ!」
合格。その言葉が意味する事はこの商談が成功に近づいた事。
「だけど、これは商品にはできない」
飽くまで成功に近づいただけで成立ではない事でもあった。
「……理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
まだ予想範囲です。会社勤めの頃で培った経験がまだ生きています。
「サヤさん、このスイカって言ったっけ? 自慢になっちゃうけど僕が所属する商会では他国でも名を知らぬ者はいない程の規模だ。もちろん活動範囲も半端ない。そんな僕達が今まで見た事も聞いた事もない果物を安易に市場へ出せると思うかい?」
信用できないって事ですね。物も人も……
まぁ、確かに初めて会った人を信用できるかなんて聞かれれば私だってお断りですね。
良く考えればこの村の人達は本当に良い人ばかりです。私の話を聞いてくれたのだってこの村は“後が無い”って事をしっかりと実感してたから他ないんですよね。
だけどションさんはそういった理由はない。生粋な商売人として私と向き合っています。
「それにお客さんが商品を買ってもらうようになるっていうのは本当に大変な事なんだよ? 長く時間を積み重ねていって商品を良く知ってもらってお客さんを満足させる。これでようやく商売として始められるんだ」
えぇ、分かりますその言葉。私も大変な苦労をしましたよ。一時はその問題で自分のクビを覚悟した事ありました。
「それに現物でもこの大きさ。これほどの見事な物を作るためにどれほどの手間をかけたんだい? これに見合うべく定める商品の価値はきっと高めになるんじゃないかな?」
「いえ、今はまだ正確には決まってません。検討中と言っておきましょう」
「そう言っても無駄だよ。絶対に普通の果物一個分よりは遥かに高めで設定しなきゃ損をしてしまう。そうなんだろう?」
この人、手強い。さすが食糧流通部門の一任を任されるだけの事はあります。
下手なハッタリは通用しないと考えておきましょう。
「だとすると売買が難しくなるよ? 今、僕は実際に食べたからどんな風に美味しいのか分かるけど、未体験のお客さんには当然分かる筈もないし、値段の理由で手に付ける人は人口の一部である富裕層が主になりそうだ。僕が目指すのは圧倒的多数を誇る一般民における商売だよ」
「えぇ、私もそのつもりです」
このスイカがどうやって作られたかは最後の奥の手としておきましょう。
「……サヤさん、話聞いてた? 訳分からない高い商品を一般民が好き好んで買いたがると思う――」
「――ションさん」
夢物語を語る人間だとションさんは私の事をお考えですか?
残念ですが、私こう見えても計算高い女として有名だったんですよ?
「いつから私は最初からこの果物を商品として販売させる話で進めているとお思いですか?」
さぁ、反撃開始といきましょうか?
日本流交渉術、たっぷりとお見せいたしましょう。
「……いやぁ、そう来たかぁ」
「未知の存在ほど不安を煽る要因になるのは百も承知ですから」
「おいサヤ、お前は何を話すつもりなんだ?」
「ションさんの言う通り、商品の売買は慣れ親しみが肝心よ。物価の標準も定まっていないスイカはまだ商品としては適さない。ならどうすれば? 至極簡単、宣伝を主流とした材料に使えばいいのよ」
本来ならこれ、下手をすれば損失と利益の比が合わない結果になります。
損して得取れな方針を使った博打に等しい方法ですが、元手が無料ですのでリスクは無くてリターンだけが得られる訳ですよ。
「ションさん、貴方の商会が定める販売方式は市場販売ですよね?」
「うん、商品を分別して並べてから買い物時にお客さんが選んだ商品をまとめて会計するよ」
「そこが溝なんです。今のままですとお客さんが市場で選べる行動は三つ、見る――選ぶ――買う――何だかつまらないですね」
「買い物自体がつまらない?」
「そこで私は提案させてもらいます。お客様の内、一定の金額まで商品をお買い上げになさった方のみ、“プレゼント”としてスイカを無料で差し上げる期間を設けてみませんか?」
これぞ、スーパーマーケット等では定番とするキャンペーン作戦です。
「た、無料!?」
「もちろん、さすがにあの大きな玉を一玉丸ごとという訳にはいきませんので……。エレンちゃん、用意してたの持ってきてちょうだい」
「はーい!」
声がかかるや否や、エレンちゃんは元気な返事をして私が前もって指示しておいた物を奥から持ってきました。
お手軽にスイカをいただける形式といえばやっぱりこれ、サイコロ状に切ったカットスイカでしょう。
また、これを収める容器をどうするかが一番悩みました。この世界にはプラスチックなんて化学物質は無いので、天然物から探すしかありませんでした。
その結果、見つかったのは木の実の一種であり、掌を覆うほど大きい殻を乾燥させてから半分に割ると器として使える物でした。
何でも、この世界では普通に自然の知恵で器として使われる代物らしく、これ幸いに私はカットスイカの容器として使う案を考え付きました。
「これに蓋として長持ちしやすい葉を使い、固定具に植物の蔓を巻き付けた形で完成にしました。どうでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待った! これを無料!? やりすぎにも程がある!」
「ご心配なく。生産能力には一番の自信がありますので納期にはきっちりと間に合わせていただきます」
「そういう事を言ってるんじゃないんだ! ただ――」
「こちらの費用の都合で計画が破綻する可能性があるとお思いで?」
「…………」
出鼻を挫いてしまって申し訳ありませんが、私の能力は最後までブラックボックスにしたいんです。
まだ話す訳にはいかないので、別の話題に乗り換えましょうか。
「それならば、今作で収穫された他作物の話に入りましょう」
豊作は全てが売れると生産者にとっての優位になり得ますが、それを買い取るのを決めるのは飽くまで商人側です。
サンプルとしていくつかの作物を出していきます。
運び手はやはりエレンちゃん。どうもお疲れ様です。
「今回、買い取っていただきたいのはこの品です。ご確認ください」
「こ、これは!」
ションさんは目を見開いて驚いているようです。
なんせ以前とは比較できない品質の高さですからね。
「僕は、夢を見ているのかな? ここは本当にずっと昔から付き合ってるあの貧乏村なのかい?」
「お言葉ですが、これからはここペルルの村を“貧乏村”だなんて不遜な事は世に言わせるつもりはございません。今回の商談はそのための一歩として手始めに……」
「知りたいな~どうやってここまで発達させたのかな~?」
「それは極秘事項ですよ。他の方に真似をされたら旨味が無くなってしまいますから」
追求を重ねられる前にここで押し切ります!
「どうですか? スイカの件を通していただけるのならそちらの元から提示していた量に応じた言い値で作物を売らせていただきましょう。ですが、通さない場合ですと……この品質です。少々お値を張る可能性が出来ますよ?」
「うぬぬぬぅっ!」
さぁどうしますかションさん?
貴方は根から商売人です。
これほどの儲け話を手放すなんてとんでもないと感じてしまいますよね?
「だけど、いや……こうすれば……」
まだ足りないですか。
中々、いやしんぼうですね。
「難しいのなら私も強くは申しません。どうやら村長は他に目星を付けてある別の商人を迎えてくださる考えをお持ちですから。」
ならば決断を促せるようにこの機会は二度と無いと教え込みましょう。
別の商人を呼ぶという事はもちろん嘘です。
ガーグナーは「そんな事言ってねぇぞ!?」と言う風に目を見開いた顔しながらこちらを見ていますが、私は「今は黙っていろ!」と顔で威圧して黙らせておきました。
「ちょっと待って! そう決めるのには早すぎるよ!」
「ですが、私も早急に物事を起こさなければ無駄になります。ならば返事をいただけませんか?」
ションさんはくぐもった声を出して思い悩み続けていました。
「う、うぐぐっ! むぅ~!!」
では選びなさい。“時は金なり”です。