2-1 第二の変態がやって来ました
ペルルの村に滞在してからしばらくして。
私はこの村で昔からの縁として関係を持つ商会の方にガーグナーとエレンちゃん経由で出会う事になりました。
今の村には商品として売りに出せる要がいくつかの畑に……もちろん、スイカの事です。畑一面に生えたスイカはいつ見ても爽快な気分にさせてくれますよ。
ここまでするのに大変な苦労がありましたよ。
スイカを生やすだけなら簡単ですが、村全体を改革するために私は知恵をフルに働かせる必要がありました。
まだ資金不足な部分を除いてはひと工夫で出来る物で村人達の暮らしを少しは楽にさせられたと実感します。
さらなる段階に進むべく、私はガーグナーと先ほど言った通りに商会の方を外で突っ立って待ち続けている訳ですが、
「まだー? あとどれくらいすれば来れるのよ?」
「向こう側の都合だ。そこまでは俺でも変えられないぞ」
これが中々、この世界では正確な時間の概念がないんです。
(時計が無いのは面倒ね。日時計ぐらいなら簡単だけど正確性に欠けるわ)
同時にこの世界の基礎的知識も必死に勉強してきました。
特に金銭感覚と常識は力を入れました。
現にこれからする話では金銭に関わる知識がしっかりしてないと進められませんから。
「えっと銅貨が百枚で銀貨、銀貨が十枚で金貨、一世帯平均の年収は金貨三枚……」
念のため、覚えた事を復唱しておいて後に備えておきましょう。
「そういや、お前の魔物――ゴローといったな? あれはどうしたんだ?」
「ん? あいつの事? 怪我は完治したし、あのままじっとさせるのも何だし……」
そう言いつつ、私はちらりと横目でやや遠くにある広場を見てみました。
「とりゃー! そっち行ったぞ!」
「今度こそ逃がさないぞ!」
「わんっ!」
「うわわっ!? 股潜り抜かれた!」
「くそー! 待てー!」
元気に子供達と玉遊びを繰り広げてました。
形式はサッカーに近い物ですが、ゴールの概念はなく、いかに吾郎から玉を奪い取れるかの回数を競う感じですね。
ちなみに、玉は干し草を詰め込み、これを布で包んだ物です。硬すぎず、柔らかすぎずを目指して足に優しく作りました。
「元気が有り余るくらいだから発散させてやる方が一番なのよ」
「いきなり食糧が多くなったからな。あのように走り回る姿なんて前はなかった。無駄に動けば腹が減るだけだったしな」
「子供は外で元気で遊ぶ方がいいの。子供は風の子って良く言うし」
「ほぅ、それはお前の故郷の言葉か?」
あぁ、諺なんて知りませんよね。むしろあったらここではどんな風に作られているか知ってみたいくらいですし。
「あ、何か来たわ」
遠くの道から小さな影が見えてきました。
それは時が経つにつれ、しだいに全貌を明確にしていきます。
どうやら二頭の馬が繋がれた馬車でした。私、馬車なんて実物で初めて見ましたよ。
家畜で牛、豚、鶏は見たことありましたが、馬なんて元の世界でも早々お目にかかれませんでしたからね。
「サヤ、今になって言い忘れた事があるんだが……」
「はぁ? ちょっと止めてよね、こんな大事な時に……」
「別に大した事はない。ただ、これから会う商人の事なんだが……」
馬車が目の前で止まります。先ず御者が降りてから車の中に居るであろう人物を迎えようとしている最中の事でした。
「珍しい物や気に入った物を前にすると変人になるが、できれば気にしないでおけ」
「――はっ?」
ガーグナーが言った言葉の意味を理解する前、御者が車の扉を開けた瞬間、勢いよく中から何かが飛び出してきました。
「やぁ、ガーグナー! 元気だった!? 相変わらず元気じゃん! 僕もすこぶる元気だったよ!」
その正体は一人の若々しい男でした。彼は車から飛び出すや、ガーグナーにへばり付く様に抱きついていました。
身長は低い方で、百五十センチあるかどうかの程度です。
「いいから離れろ。俺は男に抱きつかれて喜ぶほど良く出来てねぇんだよ」
「いいじゃん、いいじゃん! 僕の国では互いに抱擁するのは親愛の証なんだからさ!」
ガーグナーは心底嫌そうな顔をして未だ抱きついている男を押し掃おうとその顔に手で押し込んでいますが、彼は全然離れる様子がしません。
すごいですねあの人、顔がひょっとこ面になるまで押しつぶされているのに表情を微塵に曇らせやしませんよ。
「そうだ! 手紙見たよ! 何でも面白い事を考える人がいるって! ひょっとしてその人かい!?」
視線が私へと向けられました。陽気さに満ち溢れている人ですね。
まるで子供をそのまま大きくしたような……。
この人、いったい幾つなんですかね? 激しく気になります。
「やぁやぁ初めまして! 僕はション! オズワルト商会に身を置く食糧流通部門を専門とするいち商人さ! よろしくね!」
「えっと、よろしく、お願いします……」
ちょっとアクティブ過ぎやしませんか? 向こうに少し呑まれそうになります。
「初対面で早々なんだけどさ……ちょっと髪触らせてくれてもいいかな?」
「――はい?」
いや、何でそうなるんでしょうか? それも彼――ションさんの挨拶の一環なんですかね?
「おいション、お前はいつも直球な事ばかり喋りすぎだ。少しは自制というのを身につけろ」
「だって黒い髪の毛なんだよ!? めったに見れない色なんだから調べてみなきゃ損だと思うじゃん!」
つまりあれですか? 初めて金髪の外国人を見た人が物珍しそうになる感覚のような物でしょうか?
えっと、それではここは一先ず相手の気持ちを良くするために要望は答えておきましょう。
「あの、髪ぐらいでしたら別に……」
「え、いいの!? マジで!」
ションさんはずいっ! と嬉々な顔を近づけて私に最終確認をしてきました。
これに私は首を縦に振ると、ションさんは横からゆっくりと私の髪を指で擦り合せながら触り始めました。
この世界ではお風呂に入る習慣がないんですよね。だから水浴び兼ねての体を洗うだけですからシャンプーやリンスみたいな物はないから髪の調子はどうなっているやら……。
せめて石鹸ぐらい欲しくなりますね。贅沢は言ってられませんけど。
「うっは! すげぇ! 手触り良くて癖になりそう!」
あの、ションさん? ちょっと触りすぎじゃないでしょうか? 若干痛いんですけど?
(ん? なんか生温かい感触が――)
「すぅぅぅぅぅむふーすぅぅぅぅぅむふー!!」
「わあぁぁぁぁーーーーーっ!?」
突っ込んでる! 私の頭に顔を突っ込んで直接匂いを嗅いでます!
変態が! 腐れ村長に続く更なる変態が今ここに出現しました!
「すぅぅぅぅぅすぅぅぅぅぅすぅぅぅぅぅ!!」
「や、やめてよこの馬鹿あぁぁぁぁーーーーーっ!!」
「むふーむふー! ふごがっ!!」
容赦しません。私は思いっきりションさんに向かって肘打ちを放ちました。
こめかみへ見事に直撃すると、そのままションさんは勢いに乗ってよろめくがまま、側にあった畑へと足を踏み外して落ちました。
畑にはションさんの造形がくっきりとめり込んだ跡があります。
「ちょっと! こいつ一体何なのよ!?」
「さっき言っただろ? こいつは変人だと」
「怖い! 変人怖い!」
私はガーグナーを壁にするように後ろへと隠れました。
しばらくすると、畑からはションさんは何事もなく立ちあがり、服や顔に付いた土を叩き落としていました。
「いやーごめんごめん! 僕は調べ物をする際は五感全てを使ってするものだから人間相手じゃあやり過ぎちゃうんだよねぇ」
変わらずの笑みを浮かべながらこちらへと近づいてきました。
先ほどの行動を見てしまった私にはこの笑みがションさん特有な恐怖の象徴になりそうで仕方がありません。
「おい、いつまで俺の後ろにいるつもりだ。さっさと元に戻れ」
「いやよ! むしろ安全策としてこのままにして!」
「あはははは! 本当にごめん! 君に対してはもうこれっきりにするから! だから機嫌治してよ?」
「……ション、お前は相変わらずだな。享楽にも程があるとは思わないのか?」
「抑えようとしてるんだけどさぁ、ついやっちゃうんだ!」
わぁ、ここに某道化師様の信者が一人! 異世界の壁を越えても存在しているなんて驚愕物!
(って、馬鹿言ってる場合じゃないわよ!?)
自分に突っ込んで冷静さを取り戻そうと動揺を押し込めました。
ペースを崩されたら負けです。
勝負は既に始まっているのかもしれません。
「さてと、戯れはここまでにしといて……サヤさん」
「儲け話を聞かせてもらおうかな?」