1-14 注目を集めたようです
「廃液はじゃんじゃん捨てちゃって! 濁らなくなるまでよ」
「本当にこれで水が綺麗になるのか、これで?」
「はい、口を動かす前に手を動かす!」
「うんしょっ! うんしょっ!」
「あ、エレンちゃんは無理しないでね?」
濾過装置の下地は上から順に粒子の細かい素材から一定の質量まで均一に敷き詰め、最終層にはそこら辺に転がっているような小石にします。
敷き詰め終わったら水を上からありったけに流し込むのです。これは素材に元から付いていた汚れを洗い流すためです。
濾過装置の真下に置かれた桶には泥で濁った水が面いっぱいに張られていました。溜まり終わった水はすぐに捨て、再び水を溜める役割を取り戻させるという訳です。
「いったい村長達は何をしているのかしら?」
「何でも水を綺麗にするための道具を作るとか……」
「おい、村長とエレンちゃんの側にいるあの女がさっき聞かされた例の……」
「黒い髪しているのう。遠方では当たり前の色なんじゃろうか?」
今、私達三人は外で作業しています。そこへどこからか話を嗅ぎつけた村人がしだいに集まり始めていました。
全部で二十人いくかどうか……戦争以前だったら倍ぐらいはいたのかもしれませんね。
老人と女性と子供、聞いた通りの分類でしか人口がありません。
齢の若い男性は一応います。三人ほどですが……いくらなんでも少なすぎますよ。
その中には宿屋で会った店主――クルトさんも混じっています。
あ、目があったら手を振ってくれました。今は手が離せないので頷く程度にしておきましょうか。
「ん、もう十分よ。いったん止めてちょうだい」
桶に溜まる水の具合を確かめ、最後に手で直接に濾過口から滴り落ちる水を受け止めると、今まで出ていた泥水とは比べ物にならないくらい綺麗な水がありました。
「わぁっ! どうなってるのこれ!? 本当に綺麗になってるよ!」
「じゃあ最後の仕上げね。ちゃんとできているか……ねぇ、ちょっとその桶に水とそこらの土を混ぜた泥水をいっぱいにして用意してくれない?」
「なるほど、汚れた水が濾せているかを調べるんだな」
ガーグナーは一手間をかけてから桶に溜めた泥水を濾過装置の真上から流し込みました、
濾過口には予備の桶を置いておき、濾過された水が溜まるのを待ちます。
「よーしよし、ちゃんと出来ているわ」
実験は成功。先ほどの泥水とは思えない透明な水が面いっぱいに桶で張っていました。
この結果は集まっていた野次馬――村人の目にしっかりと入っています。
口伝する手間も省けて一石二鳥。論より証拠。
「どうなってんだい? アタシにも良く分かるように教えておくれよ」
「これって家でも簡単に作れる物なのか?」
「泥水からなのに、本当にちゃんと飲める水になっているの?」
村人達は喰い付きます。印象はまずまずといった所でしょうか?
質問が多数に投げかけられてきますが、私は聖徳太子ではありませんのでそういっぺんには対応できませんよ? 窓口をお願いします。
「皆、ひと先ず騒がずに聞いてほしい」
ガーグナーが私の元に集まっている村人達へ号令をかけました。
仮にもさすが村長と言いましょうか。彼らは一斉に顔をガーグナーへと向けて話を聞く態勢へと切り替えました。
「既に聞いている者もいるかもしれないが、彼女――ツキシマサヤは未開とされる遠方の地にあるジェパという場所からやってきた旅人だそうだ。この村の近くにある森を抜ける途中、魔物に襲われている所を俺が助け、今ここにいるのが理由でもある」
未開? 今まで聞いてきたけど、この世界はまだ地理が未確認な所があるそうです。
ガーグナーが会話の中で何度か出していた私が来た場所だと思っている“遠方の地”もそれに値するらしいです。
「命を助けた礼として彼女は世にも珍しい果実を差し出してくれた。皆も既に食味した通りだ」
別に礼という訳ではないんですがね……。
単に力の確認ついででスイカは作り上げたんですけど、結果として喜んでいますからここで余計な事は言わないでおきましょう。
村人達は話がこの下りに入るとひそひそと話しをしていました。
聞き耳を立ててみますと、
「あの果物、結構おいしかったな」
「子供がいきなり持って帰ってきたから驚いたけど、あの人の物だったのね」
「もっと食べれねぇかな?」
どうやらスイカそのものの評価は良好だと窺えました。
「静粛に。お気に召したようで何よりだ。だが、俺が今回このような演説を突然始めたのは別の理由がある。この廃れつつある村を再起する方法を考え付いた」
へぇ、いったいガーグナーはどういう風に説明するんでしょうか?
ひょっとして私が村の記録をまとめてから指摘した問題をここで述べるつもり?
それは却って場を掻き乱す要因になりかねません。簡単に考えればこの選択はありえないので違う事を述べるのかもしれませんが……。
「この村に運ぶる多くの問題を解決する一歩として、彼女――サヤから話を聞いてもらいたい」
――って私ですか!? 聞いてませんよガーグナー!!
「ではサヤ、頼む……うまくやるんだぞ……」
「えっ、ちょっ――!?」
最後は私の横を通り過ぎるタイミングを見計らって耳元で囁いてからガーグナーは奥へと引っ込んでいきました。
待ちなさい! 面倒な部分は全て私に丸投げする気ですか!
そりゃあ私が独自でまとめた理論なんですから本人が直接話した方が却って都合の良い事かもしれませんが、アンタは少し上に立つ事の責任感という物を持ちなさい!
「あ~えーっと……」
まずいです。全視線が私へと集中しています。
これから私が自分達の期待するような話をしてくれる事を待ち望んでいますよ!
エレンちゃん、助けてください! あの腐れ村長の陰謀にかかってしまったこの私をどうか!
いや、そんな「頑張ってくださいサヤさん!」みたいな顔して見ていないで! ひょっとしてエレンちゃんも私に何かを望んでいるというんですか!?
ちくしょう、裏切ったんですね! 純粋で無邪気な顔してなんてぇ子ですか!!
悪気がない分、ガーグナーより断然性質が悪いですよ!
えぇい、やればいいんでしょ! やれば!
こう来るなら私は無料じゃ転びませんよ?