1-12 復活は困難の道のようです
農業という仕事の分類を持つ両親から教わった食料流通に関しての知識をペルルの村に当てはめてみると、この村には圧倒的に食料自給率が低い事が判明しました。
農業というのは農産物を育ててこれを売る事が主流ですが、売ってもらう側――事業との連帯も重要になります。
作っても売れなきゃ意味が無い――これ基本です。
この村では牧畜を少々と農業を中心にして生計を立てているのが感じられます。これを支えているのは齢を超した老人方。
何ヶ所かは子供――孫や女性が手伝いをしているそうですが、出来る範囲は限られるでしょう。
元の世界と同じような“機械”がない世界。人手が足りなくては簡単に物事を達成するのは困難になり得ます。
典型的な貧乏村なんですよ、ここ、ペルルの村は……。
「これ、計算を間違えたとか都合のいい話はないのね?」
「前村長が付けていた帳簿だ。真偽は故人に直接問いかけるしかないだろうな」
「……アンタね、自分の村の事なんだからそんな呑気にしていられると本当に考えてる気? はっきり言って馬鹿なの?」
「……否定はしない。俺もまだまだ勉強不足だ」
「これ全部を私なりにグラフにしてまとめたんだけど、上がったり下がったりと不安定な波状で左から右へと見事に描かれているわね。下へとね」
「昨年と一昨年は凶作続きだった。これが痛手になった原因だな」
「結果論言っとくわよ、この村……“詰み”まであと一歩ね」
むしろ、よく今まで暮らせていられたと感心できますよ。不本意な人口削減が皮肉にも抑制剤になったからですかね?
只今、ガーグナーの仕事部屋に来ています。別名、村長の家です。
さすが村の代表という事もあって私の求める資料がたくさん揃えてありました。相変わらず文字は読めませんが、数字ぐらいなら原理は簡単でガーグナーから教わってすぐに理解できました。時々間違えている所もありますが、今はこれが及第点でしょう。
案内を最後まで務めてくれたエレンちゃんは今、吾朗の相手をしてもらっています。
下手にちょっかいを出さなければいいんですが、一応きつく言い聞かせてあるので大丈夫でしょう。もし言い付けを破ろうというのなら……ある意味、楽しみかもしれません。
「しかし、いきなり村の収入記録やらを見せろと言ってきた時は正直耳を疑ったぞ? そんな物を余所者であるお前が見てどうするのかと考えるばかりだったが」
「決まっているでしょう。この村の行く末が本気で心配になっちゃったんだから。アンタみたいな奴が村長している村なんだから」
「おい、こう見えても俺は村長としてちゃんとやっているんだが?」
「結果出せなきゃ文句垂れ流す資格なんてありはしないわよ」
「ぐっ……」
だって、知ってしまったんですから。この村がいかに助けを求めているのかを。
辛い時は笑っていれば大丈夫だなんてある人は言いますが、そんなの誤魔化しているだけで何の解決にもなりはしません。現実を見なさいと言ってやりたくなります。
「この村で取れた作物や畜産はちゃんと信頼できる所で卸売を通してもらっているの?」
「そこはぬかりない。最初は質に問題があるとかで逃げられそうになったが、なんとか契約の履行を果たし果たされつつある信用に足る人間だ」
逃げられそうになって後からなんとかになったっていうのが気になりますが、あえて聞かないでおきましょう。下手するとヤーさん的な交渉術の実体験を聞かされかねませんからね。
「結構よ、それで、この村が一番に解決しなきゃいけない事とすれば……」
そう、これこそがペルルの村が抱える問題。
「この村には旨味――特産品と呼べる物がまったくないって事ね」
特産品は地域にとっての心臓ともいえるでしょう。資源を潤すのにこれ以上の生産物はありません。
ですが、この村で育てている物といえば、少し調べた事ですが、一般に流通されている作物の類。牧畜でも数が少なくて利益と経費に差が開けていない。
これでは細々と家庭菜園をやっていた方がマシだといえる現状なんです。
「昔、この村を囲んでいる森の樹木を伐採しての林業が盛んだったらしいが、男手が戦争に取られていくにつれ、生産が間に合わなくなったのを皮切りに打ち止めになった事もある」
「資源があるのに人手が無いって……お預けを喰らわされた犬そのものね。でも、そっちの方は見通しが利かない以上、手を出す事は難しくなるわね」
人手不足というのも問題です。こればっかりはどうしようもありません。
ちなみに、目の前にいるガーグナーは村のために月に何度か広大的な狩りをして、獲った獲物を食料にしたり、お金に換えてそれで食料を買い出しに行ったりと村の不利益分を賄う役割を果たしているそうなんです。
あなた本当に村長ですか……? 狩人で統一した方が正しいんじゃありませんか?
「う~ん、人を雇うとなると、人件費その他で色々と持っていかれそうだし……」
集中に入ります。この状態になると私はしばらく戻れなくなるんですよねぇ……。
無我夢中で手に持った羽ペンでテーブルに敷かれた羊皮紙に私は計算表を記していきました。
元の世界ではパソコンにある農業所得計算ソフトを使ったりしていましたが、手書きで筆算ですから時間は数倍かかります。
だけど確実を求めるならこれしか方法はありません。ひたすら手を動かしました。
「お、おい……サヤ……?」
ガーグナーが何か話しかけているようですが、今の私に外部からの刺激は受け付けません。
受け取った資料の内、村の利潤に関係する物だけを取り出し、農業で使える数式を照らし合わしていきます。矮小な私の脳にとっては多大な負担ですよ。
「販売、売上、雑収入、家事と事業用消費、ここから予想される必要経費は、と――」
羊皮紙は数字と文字だけでびっしりと書き記され、一面がほぼ真っ黒に変色していました。
それでも私は“書かない”という命令を脳からは出さず、続けて本来は書く場所でない羊皮紙の裏側までも使い始めたのでした。
「村長、サヤさん、夕食できましたよ~!」
「固定資産、利子の割合を差引いて……ねぇ、ここの税率ってどれくらい?」
「税か? 税は……」
「どうしたの? 早く言ってよ、じゃないと計算が出来ないんだから」
「いや、な……この村は辺境に位置していてな、ここを治める筈の領主が王都から派遣されている筈なんだが、ここ数年、使いはおろか通告さえも届いた事がない」
「……ねぇ、それって、つまり、この村は……」
「税を納めていない。というか納められない」
「領主ってどんな人?」
「見た事がないな」
エレンちゃんも来ちゃっている現状ですが、恥も何もかも投げ捨ててもう笑っていいですか?
こんなふざけた話がありますか?
政治機能がまったく働いていないじゃないですか。領主はいないだなんて、この村は国から補助なんて一切受けていないって事が証明されてしまったではありませんか!
えぇ、ある程度は予測できていましたよ。帳簿には国から受けた支援に関する項目がどこにもなかったんですからね。
政治が腐っているってまとめれば簡単かもしれませんが、別の意味で言うとこの村は……。
「完璧に国から見捨てられているって考えても不思議じゃないわね」
もはや私は天を仰ぐしか他はありませんでした。