1-11 村の闇を一部垣間見ました
多少のトラブルがありましたが、私は改めて村を回る事にしました。
案内役はエレンちゃん。この村に住んでいるからこそ知っている豆知識的な情報もばっちりです。だけど酒場の酔っ払い共が飲みすぎで垂れ流すスポットを紹介するのはどうかと思いますよ、エレンちゃ~ん……。
「そして、ここが村唯一の宿屋さんで~す!」
「へぇ、そうなんだ」
これまで酒場、雑貨屋、はたまた武具店なんて所も村にはありました。
前者二つはともかく、武具店なんて元の世界ではめったに見られる店じゃありませんね。特に私が住んでいたのはこうした物の規制が激しい日本でしたし。
今回の調査で分かったのは二つ、まず一つが私にはこの世界の文字は読めない事。
記憶から呼び起こしても、アラビア語と梵字、その他諸々が混ざり合ったような文字など考古学の知識がない私には解析のしようがありません。
いえ、現存の考古学でも解析できませんか? なんせ元の世界では発見の事例さえない物。
つまり、私が第一発見者にもなり得る文字なんですからね。
「エレンちゃん、一つ聞いてもいいかな?」
「はい、何でしょうか?」
「この村を回る中、色々と人に会ったよね? 別に何もおかしい所は無いかなって初めは感じていたんだけど、良く見ればこの村には私やエレンちゃんくらいな年の男の人がどうして見当たらないの?」
二つ目がこれ、ガーグナーのような働き手となる男が全然見当たらない事。
これまで会ってきた人達を性別込みで年齢別で分類しますと、幼い子供、少女、婦人、老人といったところですか。
「……国に、全部取られちゃったんです」
「――国に?」
都市化と過疎化の関係における意味でしょうか?
「そういった話に関する事でしたら、今から入る宿屋さんの店主を見れば分かると思いますから」
エレンちゃんはそれ以上は何も言わず、そのまま宿屋の中へと入って行ったのでした。
見ればわかる。一体どういう意味なんでしょうか?
宿屋の構造は私で言えば、古いアンティーク風の物でした。特に床へ敷かれた大きな四角い絨毯が趣のある代物と言えましょうか。
「いらっしゃい! おんや? 何だエレンか……久しぶりの客かと思って期待したんだけどな」
「もう、私を見て露骨にガッカリする態度取らないでよ。それより、今は遠方の地から来た旅人のサヤさんに村を紹介しながら見て回っているんだから」
入ると早々、カウンターで受け付けをしていた男性――三十代ぐらいですかね?
顔見知りらしく、エレンちゃんとその人は親しげに会話を始めていました。
私は後ろで静かに待機。邪魔しちゃ悪そうですしね。
「おぉ、どうもこんにちは。えっとサヤさんでしたっけ? こんな名所も何もない辺鄙な村に良く来てくれたね」
男性はカウンターから立ち上がって後ろに立てかけていた松葉づえを……松葉づえ?
(足でも骨折しているのっ――!?)
男性がカウンターから出てきた瞬間、思わず息を飲みました。
こちら側からでは男性の姿は下半身がカウンターで隠れて見えませんでしたからね。
松葉づえは足を使えない人を補助するための道具。
足を使えないという意味には二つあります。骨折や怪我で無理を出来ない方と――。
「よっと、いやーこんな格好だがすまないね。ゆっくしていってくれ」
足そのものが“無い”という方ですよ。
男性の右足は太腿の付け根から綺麗に切り取られたかのような姿でした。
「え、あ……む、無理はなさらないでください!」
「ははは、大丈夫だって! 片足がなくっても長年付き合ってれば慣れてくるものさ!」
「それでもです!!」
咄嗟に出した言葉がこれです。我ながら動揺し過ぎですよね?
過度な親切は逆にお節介になると聞いた事があるんですが、初見で上手く対応するのは至難の技です。
「その、厚かましいのをご承知でお聞きしますが、どうして足を……ひょっとして事故に合われたんですか?」
「事故、か……。それとは比べ物にならない事さ」
男性は顔に笑みを浮かべてはいましたが、その内側はどこか浮かれない顔をしてそうでした。
「三年ほど前、大きな戦争があったのを知っているだろ? もちろん、ゲルステとヴァイツェンの、な。俺はその戦争における徴兵で兵士として連れて行かれたのさ」
戦争、三年前……。
この世界にも戦争はあるんですね……。元の世界でも古今東西と戦争の歴史は深いですが、異世界にも共通するんでしょう。
「ひでぇ戦いだった……。普段は大人しいと思っていた奴がこの世の物とは思えない形相で敵を惨殺する。血と臓物が死体とセットになって戦場で見向きもされずに放っておかれる光景が普通と思えるような意識を持っちまう。果ては身体が半分千切れて死に切れなかった仲間が耳に残るような悲鳴を死ぬまで叫び続けるんだ」
「ぅ…………」
男性の話における情景を想像してしまうと吐き気が込み上げてしまいました。
私はこういった場面が流れる映画が苦手で強烈な物は比較的見ないように心がけていたくらいです。まったく、撮影技術が上がるのは喜ばしい事でしたが、何もあそこまでリアルに作らなくても良いではないですか。
……話を戻しましょう。
「俺の脚もそんな狂気に掻っ攫われちまった。騎馬を相手にしてな、仕留めきれなくて馬にこの右足を踏み砕かれたのさ。」
完全に壊れてしまった部位はもはや正常な所を侵す毒にしかならない。
男性は命を助けるためにもその踏み砕かれた足を切断するしか方法がなかったんでしょう。
「…………」
どう声をかけていいか私には分かりませんでした。戦争を知らない世代で生まれてきた私には目の前にいる戦争の体験者に未熟な倫理を持つ私の言葉に一体どれほどの価値があるのかと懸念を抱いてしまうからでした。
「そういう事なんです、サヤさん。この村に男の人が少ないのは……」
エレンちゃんの顔は辛そうにしていました。
まさか、エレンちゃんにも戦争の犠牲になった大切な人が……。
(そういえば、今までエレンちゃんの家族を見た事がないわ)
もし、いえ……仮定にして逃げるのは止めましょう。
私は大馬鹿者ですね。辛い思い出を思い出させるようなきっかけとなる言葉を吐いてしまったんですから。
知らぬとはいえ、エレンちゃんを傷つけてしまったんです。これは許される事じゃありません。
「……ごめんなさい、エレンちゃん。余所者の私が出過ぎた真似をしちゃって」
「ふぇっ! さ、サヤさん!?」
私は深々と頭を下げて謝罪しました。
エレンちゃんは私の行動に驚いている様子ですが、どうか受け取ってください。こんな浅い思慮をめぐらして無駄な行動をした私の謝罪でもよければ……。
あぁ、人の闇なんて簡単に覗くべきではないですね。まったくもってその通りですよ。