1-9 農業に便利な能力です
建物から出た私を待ち受けていた物は険しい山々に囲まれた集落。伸び切った樹木が街灯のように装飾として並ぶ道。そして、今ではめったに見られない風車が健在に稼働する姿。
私の実家辺りでも当たり前のように舗装された道――アスファルトさえも見つかりません。
「あ、煙突だ」
火を焚く際に出す煙の排出場所でしょうか? 実家でもこんな構造の家はありません。
こんな場所が未だに存在していたなんて……。
村の名前といい、国の名前といい、まだまだ不確定要素が多すぎます。
(でも大体は分かってきたわね)
答えはもう出せるのですが、ありえません。こんな事は“絶対”にありえないと私の人生経験を賭けてでも正直言い切りたいです。
ですが、目の前にある現実を直視してしまえば、今ある私の精いっぱいな反抗心は霞のように消え去ってしまうでしょう。
(いやいや、前々から答えは現れていた筈だし……)
見たことないキノコ。いる筈がない一つ目の巨人――サイクロプス。
あぁ、駄目です。これ以上は否定できません。
「……異世界、かぁ……」
話だけは聞いた事があります。私の友達にこういったアニメに関して詳しいのがいましたからね。
思い出しますね、頼んでもいないのにペラペラと興奮しながら大好きなアニメ話をしてきた彼女の顔を。今だから告白しますが、引いてしまう勢いで話してくれましたよ。
その中でも、不幸だか平凡だかの現代で生きる少女がある日、異世界に迷い込み、そこでほとんどがやたらと身分の高い男性と偶然な出会いを果たし、後々一悶着を起こして最後には結ばれるという恋愛系が大好きだったそうです。
なんという清々しいまでのご都合主義ですか!? 友達から何種類もそんな類の話に付き合わされた私をどうか褒めてもらいたいものですよ!
砂糖吐くだなんて軽い痒みより、私には全身が痙攣を起こしかけました。
あれほど忍耐を要求された時間はないと思います。
「友達付き合いとして拒否出来ないって事もあって二重に辛かったわ……」
私はあの頃をしみじみと思い浮かべていました。
「駄目だ駄目だ、変な事を考えるより今はこっちに集中しよう」
作り物の世界。そんな物は子供だけが楽しむ存在だと認識していました。
こういう私が登場人物よろしくという風に現れる。何が出来るというのでしょうか?
とりあえず、私が出来る範囲をやる事が優先としましょう。
「エレンちゃん、この村に畑はある?」
「それでしたら、向こうの方にありますよ」
「おい、サヤ。せめて何をするのか事前に説明を――」
「長くなるから嫌よ。あとアンタは名前を軽々しく呼ばないで。私、親しくない相手には名前を呼ばせたくないの」
「……だったら何て呼べばいいんだ? もう一つのツキシマという名で呼べばいいのか?」
「……じゃあそれに『さん』を付けて呼びなさい」
「分かった。ツキシマさん、これでいいか?」
「……やっぱり月島でいいわ」
ガーグナーに謙譲の意を込めさせるつもりでしたが、却って悪くなりましたね。そもそも、ガーグナーはエレンちゃんみたいに年上や他人を敬うような気持ちがほとんどない気がします。
「聞いたことなかったけど、アンタっていくつ?」
「二十八だ」
おや、私より二つ年上ですか。その割には……。
「二十代に見えないわね~? 本当は三十代後半なんじゃないの?」
「……お前、それはどういう事だ?」
「さぁ? 年の割に老けて見えるって――いだっ!?」
いきなり私の頭を襲った衝撃。痛みで私はたまらず頭を押さえて蹲りました。
涙目になりながら見上げた先には拳骨を象った拳を突き出しながら私をジト目で見つめてくるガーグナーがいました。
「てめぇ、誰が老け顔だ!」
「な、殴る事ないじゃない! か弱い女性を殴るのは男として最低だって誰かに習わなかったのアンタ!?」
「ふん、少なくとも俺はお前の事など女とは見ていない。それにお前がか弱いだと……ふっ」
こいつ、鼻で笑いやがりましたよ!? そもそも女扱いしていないとは何というぞんざいな扱い!?
やっぱりガーグナーの事は許せそうにありません。大体、こいつからは正式に謝罪を受け取っていないんですから。
吾朗をけしかけてやりたい気分ですが、生憎、吾朗は現在も療養中でここにはいません。命拾いしましたね。
ふん、そのつもりなら私も徹底的にしてやりますとも! 後で後悔したって遅いんですからね!
「あの~サヤさん。着きましたよ、ここが畑なんですけど……」
ふとその時、気まずそうに私達の間に入ってきたエレンちゃんが畑にたどり着いた事を伝えてくれました。
私はガーグナーに対して睨みつけていた視線を一旦止め、案内してもらった畑へと映しました。
この時、私にある農家の娘としての経験と理解が全てを悟りました。
「この土地、な~んかおかしいわね?」
「っ……!? 分かるんですか!?」
「そりゃあ私も農家育ちだからね。作物の成長具合、土の色具合や含有度である程度は分かるのよ」
現にこの場にある畑で育てられている作物は葉や茎に張りがありません。
近付いて確認しますが、病気という訳ではないようです。ならばと私は土を一掬いして丹念に調べてみます。
「黒い固形物が大小とあって全体的に黒っぽい……これは黒ボク土ね。エレンちゃん、この村の近くには火山があるの?」
「はい! ペルル村は数十年も前に起きた火山噴火で焦土となった地を開拓してできた村だって私のお父さんから聞いた事があります」
「ツキシマ、それに何か問題があるのか?」
「アンタ一応は村長のくせに何も知らないのね。いい? この土地の土は今言ったように、火山が噴火して舞い降りた灰――火山灰が元来の土と腐って土にかえった植物が混ざり合い、何層にも重なっていった物なの。これを黒ボク土と呼ぶわ」
「黒ボク土?」
「この土はね、とっても酸性値が高いの。だから植物固有のリン酸供給能力に左右されて成長影響に著しく表れる訳よ。つまり、栄養を取り込む力が弱い植物だと過剰な栄養素で逆に駄目にしてしまうのよ」
「……つまり?」
「今育てている作物の様子を見る限り、この地で育てるには適していない種類だって事よ」
おまけに水を含みやすい感じですから多湿性に属していますね。これだと水はけが悪そうです。根グサレを起こす一環になり得ましょう。
「この種類の土だったら良い米が出来たかもしれないのに……」
この世界に稲作が伝わっているとは思えませんしね。
ため息を落としていた私は粘り気の多い黒ボク土を握ります。
「……ん?」
何故でしょうか? 掌がぽかぽかと暖かくなっていく気がします。
ふと土に視線を下ろすと、先ほどまで粘り気の多かった土が何だかさらさらになっている気がしました。
「どうした?」
「しっ……」
外野からの声を制止し、私は独自で調べ始めます。何度も触ってみましたが、先ほどとは打って変わった良質な土が私の手に握られていました。
もしもです。もしも私の考えが正しければ……。
これまで私の身体で特異的な変化が起きた事としたら、スイカを自由に生やせるようになった。これ一点です。
ですが勘違いしていたのかもしれません。私は予想を信じ、掌を数度裏返しながら見つめ、思い立ったように手をその場で地面に突き刺しました。
土の中へ潜った手はひんやりと冷たい感触が伝わりましたが、それはすぐに変化しました。
私の突き刺した手を中心に土のどす黒い色合いが薄くなっていったのです。
「これは……」
「え、何!? 一体何が起きているんですか!?」
ガーグナーとエレンちゃんがそれぞれの反応をしているのを尻目に、土はどんどん変わっていきました。布を染料で染め上げるかのようにしっかりと。
しだいに色合いの変化が目視出来なくなった所を見て、私は手を土から引き抜き、再度一掬いしてみました。
「やっぱり、そういう事なのね」
これで決まりです。私はスイカを生やせるようになったのではありません。手に触れた土地、いわば土を植物で最高に適した状態にできるようになったんです。
たぶん、あの時、高速に成長したスイカもこの力から沁み出た影響の一部なのかもしれません。
早速、私は本来の目的を果たすべく、ポケットに入れておいたスイカの種を取り出し、その一粒を土に落としました。次にこれを優しく撫でるように触れると種はすぐさま変化を起こしたのです。
お父さん、お母さん、友達の言葉を借りますが、農業としてこれ以上にないチートを私は図らずも手に入れてしまったようです。