ハーレムエンドは一目にしてならず6
「その様子では、お父上からこの世界でのことをお聞きになられたのでしょう。なので、私が話すのは先代の勇者様が自らの世界に帰還した後の話でございます」
なるほど、俺が一番聞いてみたかったことだ。
親父に聞いたルーンベレストは今のファルスクラウン見たいな小国であったはずだ。
しかし、今では大陸の3分の1を有する、大国となっているのだから何かしらがあったことは予想つく。
「まず、大前提の話をさせていただくならば。今、この世界で太刀夜銀夜という勇者様の名をしる人物はほとんどおりません」
太刀夜銀夜、話の流れからわかるとおり、俺の親父の名前だ。
今はあっちの世界でそこそこ売れっ子なミステリー作家をしている。
どうでも良い話だが、本人に言わせるとこれだけのファンタジー体験をすると逆にファンタジー小説なんて書けないそうだ。
だが、親父の話だと、その名声は大陸全土へと響き渡り、幾多ものの国の姫君が親父に求婚してきたらしい。
まあ、俺でも理解できるぐらいに話は盛られているのだろうが、それでもほとんどの人が親父を知らないというのは解せない。
「お父上が活躍されていたのはこの世界では100年も前のことです。しかし、人々の記憶にお父上の名前が残されていないのは別の理由が存在しているのです」
リリィ様は話を区切り、テーブルに置かれていた紅茶の注がれたティーカップの手を伸ばし口を潤す。
その動作の洗練されぶりは思わず見とれてしまい、絵画の1枚を見ているようですらあった。
「当時、ファルスクラウンと同じ小国であったルーンベレストは強く力を欲しておりました。そこで、自らを挟むように存在する2つの大国からの無理な要求であった魔王討伐を逆に利用することにしたのです」
つまり、勇者という力を手に入れようとしたということか。
確かにどの国も手を焼き、どうしようもなかった魔王を討伐することが出来るような英雄が自国にいれば、他国は簡単に手出しできなくなるだろう。
だが、思惑通りにはいかなかった。
「ルーンベレストが望んだ通り、召喚された勇者様は仲間と力を合わせて魔王を討伐してみせました。しかし、彼はこの世界に残ることを拒んだ」
親父は俺のおふくろである女性と恋に落ちており、そしてその恋はこの世界では許されることがなかったものだったらしい。
どうして、拒まれるものだったのかは本人たちが話してくれないので、俺も知らない。
この世界を旅するうちに知ることになるかもしれないが。
そこで2人が選んだ道は親父の元居た世界への駆け落ちであった。
「肝心の勇者様が存在しなければ、ルーンベレストが小国を脱することなんて夢のまた夢。国を挙げて、勇者様が帰還することを防ごうとしたそうですが、失敗に終わりました」
ここまでの話は親父の話と相違ない。
これからが問題なのだろう。
「勇者様という力を失ったルーンベレストはある手段に出ます。それは勇者様のねつ造でした」
いなくなってしまったならば、作ればいいということか。
だが、そんなことが可能だったのか?
親父が脚色しているかもしれないが、その名声は大陸全土に響いていたんだろ?
「確かにルーンベレストの勇者は大陸全土にその名を轟かせましたが、その本名や容姿は知らない人々がほとんどでした。そのため、ルーンベレストが自らの国のとある騎士を魔王討伐の勇者として祭り上げることは難しくないことでした」
そうして、勇者・太刀夜銀夜の名前は歴史の中に埋もれて行ったという訳か。
ならば、なぜにリリィ様は親父の素性を知っていたんだ?
そして、いくら中年になったからといっても、かつては勇者として戦った当人である親父を召喚しなかった?
「この国は貴方の父上に救われたことがあるのです。あの方の偉業からすれば、些細な事柄だったので貴方には語っていないのかもしれませんが、それでも私たちには大国の意思に逆らっても子孫にその名を伝え続けるほどの恩だったのです」
それ故に、この国の王家には親父の名前が語り継がれ続けていたという訳か。
適当な人だから、案外、忘れていたのかもしれない。
だが、たとえ本人たちがそう思っていたとしても、口にすべきではないだろう。
「後者については私たちの国に存在する魔力が問題だった……」
俺のもう一つの疑問に返答したのは、ミネアだった。
感情がこもっていない言葉で真面目なことを言っているのだから、様になるはずなのに、床に這いつくばっているのでプラスじゃない、むしろマイナスだ。
頼むから真面目なことを語る時ぐらいは普通に座ってくれ。
「異世界からこちらの世界に優秀な人物を召喚するには膨大な魔力が必要。ルーンベレストはもともと小さな国土であっても豊富な魔力を有していたために100年前の勇者召喚で最強の勇者の召喚に成功した。だけど、今のファルスクラウンにはそんな魔力を有していない……」
だから、かつての勇者であった親父を呼ぶことは出来なかったということか。
逆に言えば、魔力さえ問題がなければ親父を召喚するつもりだったのだろう。
中年になって昔ほど動けないなどと言ってはいるが、親父にはこの世界で得た聖剣を保有しているし、一度は魔王を討伐したことがあるという経験は強力なものであろう。
「こんな話をしてしまうと、まるで私たちが銀夜さまの代わりに八雲さまを呼んだように捉えられてしまうかもしれません。そのことを私たちは否定することは出来ないでしょう。ですが……」
「落ち着いてください。別に俺は気にしてませんし、どんな理由があれ、親父じゃなくて俺を名指ししてくれたことには感謝してるんですよ」
悲痛とも取れるような表情になってきたリリィ様の言葉を一旦遮る。
こればかりは俺の本心だ。
俺には野望があって、どんな形であれそのスタートラインに立つことが出来ている。
それを整えてくれたのは、間接的であれ目の前の女性だ。
そんな相手に悲痛そうな顔をさせるような野郎にハーレムエンドなんざ目指せないだろうよ。
「大体、なんで俺の名前を知っていたんですか?」
「それはとても単純なことです。ルーンベレストには異界鏡と呼ばれる異世界を覗くことのできる鏡があるのです。それを借り受け、使用しておりました」
そいつで俺を監視していたという訳か。
だが、新しい疑問がわいてくる。
「そんなものをどうしてルーンベレストは貴方に貸したのですか?」
さっきの話からすると、ルーンベレストとしてはいまだに自国には魔王を討伐する戦力を有しているということを証明するために他国に勇者を召喚されることは避けたはずだ。
ならば、そのような代物を他国に貸し与えるなどもってのほかだろう。
「簡単なこと。すでにルーンベレストがかつて祭り上げた勇者の末裔が魔王に敗北した……」
再び答えたのはミネアであった。
というか、本当にいい加減、座りませんか?
「現在、魔王軍はこの一帯を支配し、大陸制服の橋頭堡としております」
地図に灰色で示されたのは大陸の南側、もっとも多く接触しているのはルーンベレストのようだ。
なんとなく、彼女たちの言いたいことがわかってきた。
「最初は魔王討伐はルーンベレスト単独で行うことが国家間会議で決定し、ルーンベレストも本物の勇者の存在を隠すために承諾していた。だけど、自分たちで祭り上げていた勇者の家系の騎士が敗北したことで魔王の軍勢の進行を一手に引き受けることになった……」
偽りの勇者のメッキが剥がされたという訳か。
いや、100年も経っているなら、かつての力は失われてしまったと言えばその問題は解決するのか。
「そのことから、ルーンベレストは秘匿していた勇者召喚の儀式の情報や先の異界鏡を他国に渡して援助を得ようとした……」
その結果、俺がファルスクラウンに召喚されることとなった訳か。
中々に深い事情があったということは理解できた。
そして、俺が決して選ばれた者とかそういった特殊な才能ゆえに召喚された訳でもないらしい。
もちろん、俺の野望に関して、その辺は問題ないといっても良いだろう。
キャー勇者様~とかの黄色い声援が最初から聞こえてくることがないというスタートラインではないというだけだ。
かなり、差があるように感じるかもしれないが、魔王を倒してしまえば同じことだ。
むしろ、ダークホース的な扱いの方が、後々の人気は高いだろう。
しかし、話を聞く限り、俺以外にも異世界からやってきた勇者が存在するようだ。
ううむ、これでは下手をすると魔王討伐をほかの勇者に先を越されかねない。
どちらかというと、敵は魔王ではなく、他の勇者たちやもしれない。
いかんいかん、こんなことを考えているとリリィ様に知られたら、ただ民の安寧と大陸の人々の平和を願っているであろう彼女に軽蔑されるかもしれない。
現状、この世界で出会った異性でまともなのは地下牢であったあの子と目の前に居る彼女だけだ。
これから性格に問題のある仲間を連れて旅をしなければならないというならば、そういった人材は貴重だから関係を大切にしたい。
「貴方の召喚に如何なる理由があろうと、私が貴方にお願いしたいことはただ一つです。それが成るのであれば、私は貴方に軽蔑されることも民に非道と言われることも構いません」
凛とした視線が俺を射抜く。
思わず俺は背筋を正してしまった。
それほどの迫力というか、雰囲気というかが彼女に見えたのだ。
これが王の纏うオーラとでも言うのだろうか?
「他国の勇者をとっとと潰してください。それこそ、再起不能になるほどに」