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ハーレムエンドは一目にしてならず3

 つまり、この意気揚々と異世界にやってきたが、女湯に入り込んでしまって痛めつけられたあげく、地下牢に投獄されることとなったことの顛末だ。

 最悪としか言いようがあるまい。

 確かに、現代のラノベ系のファンタジーラブコメであれば、女湯に主人公が飛ばされてしまって、ヒロインに嫌われるというのは王道展開である。

 確かに俺が望むのは王道ファンタジーというよりも、そういったラブコメの方が近いかもしれないがこの展開は望んでないぞ。

 大体、俺は誰か1人をメインヒロインとするのではなく、目指すはハーレムエンドである。

 実際、これは小説ではないんだから、裸を見られたヒロインの好感度を上げてデレさせる自身はない。

 思わず、かなり大きなため息がこぼれる。

 これは前途多難なんてもんじゃない、今の俺の状態は勇者どころか犯罪者だ。

 ここに拘束されてから、正確な時間は分からないが数時間は経っている。

 その間に俺の牢を訪れた人物はおらず、俺はひたすら痛む体を無駄に動かさないようにじっとしていた。

 そして、つい先ほど目の前にある粗末な食事を甲冑姿の男が持ってきて置いていった。

 ついでに怨念と嫉妬の視線をたっぷりとおいて行ってくれたがな。

 まあ、意地になって喰わないというのは流石にキツイので、パンを手に取って頬張る。

 固い、ずいぶんと食べていないがフランスパンを思い起こさせる固さだ。

 スプーンを手に取って、スープを掬って飲んでみるが、こちらも薄味で美味といえるものじゃない。

 罪人なのだから、当然と言えば当然であるのだが。

「お兄さん、あんまりおいしそうじゃないね」

「えっ!」

 突如として掛かった少女の声に俺は驚き、顔を上げた。

 ただ、それだけの動作で声の主を見つけることが出来た。

 俺の入れられた地下牢の向かいの牢屋、その牢屋と廊下を隔てる鉄格子の向こうに居た。

 正直、俺が放り込まれた時には周囲は暗く、向かいの牢屋には窓がないようなのでお向かいさんがいたとは気づかなかった。

 それにさっき来た男は俺のところには飯を置いていったがあっちには置いていかなかった。

 時間が別々なのだろうか?

「ああ、ごめんね。ボクが話しかけた所為で手が止まっちゃった?」

 微笑を浮かべて、少女は謝る。

 正直言わせてもらえば、俺の動きが止まった理由は彼女の言葉なんかよりも、見た目にあった。

 実に出来すぎたタイミングで差し込んだ、月光によって少女の姿は鮮明に映されていた。

 夜の帳でそのまま染め上げたような床まで届いている漆黒の髪、おそらくは日焼けなどではなくもとからの色なのであろう褐色の肌、目が合ったものを誘惑し虜としてしまいそうな紅蓮の瞳といった彼女を構成するすべてが俺の視界に入った。

 そして、彼女の纏うぼろぼろの布きれを無理やりに服にしたような粗末な服、両の手と足を拘束している手錠に足枷といった彼女の容姿から考えられない装飾品も見えた。

 彼女の姿に俺は見惚れていたという訳さ。

「いや、別に君の所為じゃないよ。君が言ったとおり、飯が口に合わなかっただけだ」

「そうなのか、ボクはここの所、ごはんを食べてないから羨ましい限りだけどね」

「食べてない?」

「ああ、ボクは特別な体質でね。別に食べなくても生きて行けるんだけど、お腹はすくんだよ」

 なんの悲観さもない笑みを浮かべて、なにごとでもないように少女は俺に告げる。

 場所を思い出せばここは地下牢であり、彼女は手枷足枷を付けられて投獄されている。

 重罪人なのであろう、そして彼女に食事が与えられないのはきっと罰。

 来たばかりで、変態として牢屋にぶち込まれた俺が温情をかけるなんてのはお門違いも甚だしことなのであろうが、それでも俺は彼女に自分の食えなかったパンを放り投げていた。

 投げた後で彼女が手枷を付けられていることを思い出したがな。

「?」

 俺の不安は杞憂だったらしく、彼女はパンをキャッチして、俺に不思議そうな表情を向けてきた。

「もしかして、勘違いさせちゃった?ボクは食べなくても死ぬわけじゃないから、気にしなくても」

「さっきも言ったけど、俺の口には合わなかったんだよ。このまま捨てられてしまうのはもったいないだろ?」

 それだけ告げてスープを飲む。

 これも渡したいところだが、向かいの牢屋までの距離が遠すぎて渡す手段が思いつかなかったので俺が片付けることにした。

 俺の様子をしばらく眺めたあと、少女もパンを咀嚼し始めた。

 少しずつ、しっかり味わいながら食べ、一口食べるたびにとても美味しそうな顔をする。

 彼女のその笑顔を見れただけで、俺の疲労感はどこぞに吹っ飛んでいった。

 そうか、俺があんな場所に召喚されて、牢屋に送られたのも彼女に会うための神のおぼしめしであったことか。

 そうでも考えないと、これから前向きに歩くことが出来そうにない。

 しかし、これからの身の振り方を考えないと不味いよな。

 流石にこのまま罪人として裁かれるのは度し難いことであるし、俺の目的を考えれば身の潔白を証明しないと行動しづらいものがある。

 だが、さっき飯を置いて行った男以外にここを訪れる者はいなく、俺は無実だと叫ぶのもむなしいだけ。

 さてはて、本気でどうしたものか。

 そして、俺が悩みながらスープを飲み終えたタイミングで地下牢へと続く階段を誰かしらが降りてくる音が聞こえた。

 それはかなり焦っているようすであり、音の大きさから男ではなく女性のもののようだ。

 向かいの少女は食事をとっているところを見られると不味いらしく、牢屋の隅に身を隠してしまった。

 タイミングを見計らったかのように、少女が身を隠した瞬間に地下牢の廊下にある鉄製の扉が軋む音を立てながら開いた。

 入って来たのはこの場にあまりにも不釣り合いな人物だった。

 まず、目の入ったのは薄暗いこの場にあっても輝いているようにすら見える純白のドレス。

 大量にあしらわれたフリルやきめ細かな装飾から、俺であってもそれが高級であり選ばれたような人物しか纏うことが出来ないことが容易に想像できる。

 それを纏う人物も決してドレスに負けることなき美を持ち合わせていた。

 さっき見た少女の黒髪とは対照的な白銀の髪は背中を覆い尽くしており、瞳は深い海のような藍色、白雪のように繊細で色白な肌は一瞬でも太陽の下に出たら焼かれてしまいそうですらある。

 だからといって、か弱いというイメージは感じない。

 別に体つきが言い訳じゃない、腕なんざ強く握ったら折れてしまいそうなほどである。

 では、何が彼女を強く見せるかというならば、それは纏う雰囲気とでも言おうか。

 特にそれが現れているのは表情であろうか?

 階段を動きにくそうなドレスで駆け下りて来たためか疲労感が映っているが、そこには崩れることなき意思を感じる。

 それをもしかしたら王の風格とかそうったものというのかもしれない。

 そんな高貴な身分であろう少女はこちらの牢屋にまっすぐ歩いてきて、目の前で止まった。

 彼女の視線が俺を射抜き、一言。

「太刀夜八雲さまでございますね?」

「は、はい……」

 俺が返事をすると同時に少女はその場に崩れ落ちた。

 それは落胆というよりも、安堵といったほうが良い様子であった。

「申し訳ありません、こちらの方で手違いがあったようです。私がリリィ・ファルスクラウンです」

 少女の名前を聞いて、俺は安堵の息を零した。

 助かったとしか言いようがあるまい。

 もはや、俺が行くつもりだった異世界とも違うところへきてしまったのだろうか?と不安になってきたところであった。

 とりあえず、ここはルーベルリングという異世界で間違いなく、俺をこちらの世界に正体した人物が目の前に現れてくれた。

 天の助けであることは間違いないだろう。

「衛兵、彼をすぐにここから解放なさい」

 立ち上がったリリィさまは連れていた二人の衛兵に静かであるがうむを言わせぬ命令を下し、衛兵が俺の牢屋の鍵を開けた。

 幸い、俺には手枷などは付けられていなかったので、そのまま立ち上がって牢屋から外へと出た。

 まあ、出た時に衛兵の舌打ちが聞こえたような気もしたが、気にしないことにしよう。

 ふと、向かいの牢屋に目をやると、部屋の隅にうずくまった少女の紅い紅い瞳と目が合った。

 そして、彼女は笑みを浮かべて、手を振る。

 口は「またね」と動いたような気がした。

 牢屋を出て、案内されたのは曰く、この城に俺が滞在する間に好きに使っていい部屋らしい。

 ぶっちゃけ、自宅にあるどの部屋よりも豪華であるのだが。

 端的にたとえるなら、ホテルのスイートルームというのはこういった感じなのではないだろうか?

 泊まったことがないから分からないが、天蓋付きのベッドなんぞテレビでしか見たことないぞ。

 床に敷かれている絨毯はふかふかで見るからに高級であることがわかり、踏むことすらためらわれる。

 ベッドの他に本棚や書面などを書くときに利用するような机、鏡台やワインセラーまで完備されている。

 そして、天井からはシャンデリアか。

 どう考えたって、俺が利用するような部屋じゃあない。

 ためしにベッドに腰を掛けたがふわふわ過ぎて眠れそうにない。

 ついさっきまで牢屋で一晩過ごすことになるかと思っていたというのに、今ではこの部屋である。

 成り上がり具合がおかしすぎるな。

 まあ、俺が予想していたのはこちらであって、牢屋に入る予定なんてありはしなかったんだが。

 良い体験が出来たとして前向きに考えることにしよう。

 実際に美少女と出会うことが出来たのだから、利益があったような気さえする。

 そういえば、彼女から名前を聞くのを忘れてしまった。

 また会えればいいのだが、彼女の境遇なんぞを考えてしまうと難しいだろうな。

 部屋の奥にある大きな窓から外を見やれば、空に浮かぶ緑・赤・青の3つの月。

 それでようやく異世界に来たという実感がわいてくる。

 とりあえず、最初はどうなることやらと思ったがなんとかなりそうになってきた。

 今日は夜遅いので詳しい話は明日ということになった。

 つまり、明日から俺の冒険が幕を開けるわけである。

 実際、俺はハーレムエンドを目指すためにこの世界に来たわけだが、男である以上冒険という響きにあこがれを抱かない訳ではない。

 ましてや、仲間と共に旅する魔王討伐への道のり、それはきっと少年漫画なみに熱い展開になるであろう。

 もちろん、ハーレムエンドのついでであり、吊橋効果を期待しているだけであるけどな。

 まあ、ひとまずは全身に出来た青あざの痛みが明日になったら多少は引いていてくれることを願うのみだ。

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