第二十五話 ギムレーの夜景
「おかえり、二人共。買い物は楽しかったかな?」
「うん……。まぁまぁかな……」
マリウス先生が笑顔で出迎えてくれたが、ここに辿り着くまでに越えなければならないセキュリティが山程あり、俺達は疲れ果てていた。
ここはギムレー地区の中でも軍のお偉いさん達が住う高級マンションの最上階。玄関は外から見えない内扉式で、廊下には高級そうな赤い絨毯が敷かれている。しかも最上階のフロアには俺達以外は住んでいないという超特別待遇ときた。
(幾重にも張り巡らされた軍規格のセキュリティの数が規格外すぎるっ! 機密保持の都合だろうけど、厄介者を隔離していると表現した方が正確だな……)
疲れたように溜息を吐くとマリウス先生が、フフッと喉を鳴らした。
「生体認証登録が必要だったから苦労したと思うけど、次回はすぐに通り抜けられるようになるからね。ほら、早く入って」
「はーい」
俺は玄関の扉を潜ったが、ソフィアだけは気まずそうな顔をして立ち竦んでいた。俺の背中に半分隠れるようにして、マリウス先生からスッと視線を逸らしている。先日、容赦なく銃弾を浴びせられた記憶がフラッシュバックし、本能的に警戒しているのだろう。
(まぁ、ソフィアがこうなるのも仕方ないよな。致命傷を負わせてきた相手も含めて三人で暮らせって言われても、戸惑うしかないだろうし……。よし、ここは俺がなんとかしてやらないと)
これからここが、俺たちの新しい家になる——。
そんな意味を込めて、俺はソフィアの腕を引いて強引にならないようゆっくりとこちらへ引き寄せた。
「おかえり、ソフィア」
「た……ただ、いま……」
視線を俺から逸らした後、ソフィアは頬を赤らめながら沈黙した。借りてきた猫のようになっているのが可笑しくて、俺が思わず口角を上げていると、いつもの調子に戻ったのかキッと睨み返された。
「荷物はロボット達が部屋に運び込んで荷解きまでしてくれてるけど、後で各自確認しておいてね。ソフィアちゃんは嫌いな食べ物はある?」
「いえ、特には……」
「アレルギーもない?」
突然、話を振られたソフィアは少し驚きつつも、「だ、大丈夫です……」と絞り出すように答えていた。
「じゃあ、今日は歓迎会も兼ねてピザパーティにしようか。ピザ以外に食べたい物はある?」
「俺、チキンとパスタが食べたい! 追加でポテトも!」
俺の希望を聞いたマリウス先生は「わかった、わかった」とデバイスを操作し始めた。
注文し終えた後、俺達が靴を脱がずに棒立ちになっている事に気付き、「二人共、早くこっちに来て」と手招きする。
「窓から見える景色がとても綺麗だよ」
促されるままリビングに入った瞬間、俺は息を呑んでしまった。
無駄な程に広々とした空間にアイランドキッチンの壁に埋め込まれた大型モニター。そして、何より目が惹くのは壁一面を覆う巨大な窓ガラスだった。
さっきまで俺達が買い物をしていた市街地やグラズヘイム高等専門学校、建物の間を走るモノレールが精巧なミニチュア模型のように見える。
「これが富裕層が見てる景色か……」
俺は感嘆の声を漏らした。部屋の隅っこの方で居心地の悪そうな顔をしているソフィアをよそに、俺は窓の外に釘付けになっていた。
「……そろそろかな」
「あ、もうそんな時間?」
マリウス先生と視線を交わした俺は、ソフィアの手を引いて窓際まで連れて行った。いきなり何をするの? というような目で睨まれたが、「そんな不機嫌そうな顔すんなって!」と笑い、市街地のある方角へ指をさす。
デバイスの時刻が十八時を示した瞬間、市街地を中心に鐘の音が鳴り響いた。その直後、夕焼け空だった擬似太陽光が月明かりに様変わりし、橙色の空に紺色の帳が降りていく。市街地に聳え立つビル群が一斉にライトアップされ、宇宙船内に建っているとは思えない摩天楼が完成したのだった。
「う、宇宙船の中なのに夜になった……?」
「凄いだろ? 他の船ではどうなってるのか分かんないけど、ブラズニルでは雨も降るように設定されてるんだぜ」
俺の言葉にソフィアが目を丸くした後、外の景色をジッと見つめていた。
「雨が降るだなんて……。まるで地球みたいな環境ね。なんだか、お姉ちゃんに会いたくなってきちゃった……」
ソフィアは胸の内を吐露した後、窓に当てていた手をギュッと握りしめた。それを見た俺はマリウス先生に視線を向けると、優しく微笑み返してくれた。
「……仕方ないなぁ。夕食が終わったら、皆で中央格納庫に行こうか」
予想外の提案に、俺とソフィアは同時に振り返った。
「父さんに会っても良いの!?」
「保護者である僕と一緒じゃないと駄目っていう条件付きだけどね。その前に君達はいろんな大人に頭を下げないと駄目だけど」
ニッコリと笑って言う内容じゃねぇっ!! と俺は心の中で毒づきながら頭を掻いたが、隣のソフィアはすがるように目を輝かせていた。
「本当に会えるんですか……?」
「司令官の許可は下りてるからね。あぁ、そうそう……。この前みたいに暴れる事はないと信じてるけれど」
マリウス先生は微笑む口元とは裏腹に、その双眸からは一切の感情が消え失せた。
「もし、ヴァルキリーを使って暴れるような事があれば——命はないと思ってね」
マリウス先生の冷たい声を聞いた俺は背筋がゾッとしてしまった。
「僕達、〝適合者〟は致命傷を負っても死なない身体になってしまったけど、自分と適合したヴァルキリーが壊されたら死んじゃうんだ。もし、君達が格納庫で暴れる事になったら、僕が君達の息の根を止めるから。それだけは肝に銘じておくように」
マリウス先生の脅しという名の忠告に、俺とソフィアは「はい……」と掠れた声で返事をする事しかできなかった。




