第二十三話 地球の現状
終礼後、面倒事に巻き込まれる前に帰宅しようと思っていたのだが――運悪くソフィアに捕まってしまった。クラスメイト達からの容赦ない冷やかしを背中に浴びながら、俺はソフィアの買い物に付き合わされる羽目になったのだった。
「つ、疲れた……」
両手一杯に抱えたショッパーを市街地の休憩所にあるガーデンテーブルに置き、俺は力尽きたように突っ伏した。
——女の買い物は時間がかかるし、男は必然的に荷物持ちになるから、買い物についていくの嫌なんだよな〜。
ソフィアの買い物に付き合っている途中で、リックが愚痴をこぼしていた事を思い出した。当時は他人事だと思っていたが、まさかこれほど体力を削られるものだとは夢にも思わなかった。
「なぁ、さっきからずっと気になってたんだけどさ。地球とここの通貨って同じなのか?」
手元にあるソーダ水をストローで吸い上げながら、率直な疑問をぶつけてみる。すると、イチゴと生クリームたっぷりのクレープを食べようと、口を開けたソフィアが目を丸くした。
「何言ってるのよ。違うに決まってるじゃない」
「じゃあ、この金はどこから湧いてきたんだよ!?」
俺は勢いよく上半身を起こすと、ソフィアは平然と予想外の事実を口にした。
「司令官からお金を貰ったの」
「司令官から? なんで?」
「私が司令官直属の雇われ兵士になったから」
「んぐっ……!?」
口に含んだソーダ水が気管に入りそうになった。ゲホゲホと激しく咽せる俺に対して、ソフィアは心配する様子もなく、残り半分になったクレープを再び口に運び始める。
「この前、格納庫の中で暴れちゃったでしょ? 所属不明の私を軍に所属させて監視しようって話が持ち上がったらしいんだけど、大多数が反対したみたいなのよね」
「は、反対? どういう理由でだよ?」
「簡単にまとめると、機械と適合した人間が怖いらしいわ」
ソフィアが他人事のように淡々と語ったが、その言葉は俺にとっても重く感じられた。クレープを頬張っている間、俺の脳裏にソフィアが致命傷を負った時の事や、マリウス先生が自分の頭を撃ち抜いた時の事が蘇ってくる。
(確かに事情の知らない人間が、そういう反応になるのも無理はないか……。俺もマリウス先生から説明を受けてなかったら、死体が動き出した! って驚いてたと思うし)
ソフィアが死体袋の中で蠢いている場面を想像した俺は、背筋がぞくりと冷たくなった。
暫く考え込んでいた俺だったが、ソフィアが広場の中心を睨み付けていることに気が付いた。広場の中心に出現した3Dホログラム広告には、二人組のアイドルユニット『Re:VEIL』がニコニコと笑顔で手を振っているのが見える。
『今、人気急上昇中のアイドルユニット、Re:VEILが新曲の“青春⭐︎レモネード”を発表しました〜っ! 早速、Re:VEILの二人に紹介してもらいましょう!』
メインディスプレイから飛び出すように現れた二人の少女。夏をイメージさせる水色と黄色チェックの衣装をなびかせ、黒髪ロングの女の子が眩しい笑顔で手を振っている。弾けるようなポップチューンが鳴り響いた瞬間、笑顔からプロの顔付きに変わる。
それを見た子供達が「リンちゃーん、ランちゃーん!」と無邪気に手を振っている。ソフィアは胸糞悪くなったのか、周りの人間に気取られないように軽く舌打ちをしていた。
「本当、ぬるい場所ね。ここの人間は本当に平和ボケしすぎよ。地球じゃ人間は食料として生まれて、消費されていくだけだっていうのに。お姉ちゃんがこの光景を見たら、なんて言うかしら……」
ブツブツと小声で文句を言ってたが、きっと本心だろう。深く追求するべきかどうか迷ったが、このタイミングでしか地球の現状を聞けないと思い、意を決して話を切り出す。
「なぁ……。地球って、どんな所なんだ?」
「あの人から何にも聞いてないの?」
冷たい眼差しを向けられた俺は言葉に詰まってしまった。
あの人というのは、マリウス先生のことだろう。俺が暫く黙り込んでいると、ソフィアはどこか諦めたように溜息を吐いた。
「地球で生まれた人間はね、機械の食料として管理・生産されているのよ」
「機械が……人を食う……?」
あまりに突飛で悍ましい内容に俺は唖然としてしまったが、ソフィアは淡々とした口調で続ける。
「実際に仲間が目の前で喰われた事もあったわ。私とお姉ちゃんは運が良くてね。双子は忌み子だって理由なだけで、機械達に生贄として捧げられそうになっていた所をママ達に助けて貰ったの」
ソフィア達が想像以上に過酷な環境で生まれ育ったと知り、俺は絶句してしまった。宇宙で襲ってきた機械達を自分の目で見ていなければ、機械が人を食べるなんてあり得ないだろ〜! と茶化していたに違いない。
クレープを完食したソフィアはクレープの包み紙をグシャリと丸めた。
「地球にはね、機械に怯えて地下で生活をする者や食用として生まれ育つ者。私達姉妹みたいに機械に捧げられる者……今も皆が厳しい暮らしを強いられている。ここでぬくぬくと生きている人間とは大違いね」
ソフィアの言葉には棘があった。けど、マリウス先生が俺に明かしてくれた事実と少し食い違っていた部分があったので、「あのさ……」と恐る恐る挙手をする。
「機械が人間の身体を欲しがってるって、マリウス先生から聞いたんだけど……」
「らしいわね。それは私もここに来てから知ったわ」
この時、俺達のテーブル近くを通った清掃ロボットから、『ゴミはありますかー?』と聞かれ、俺はソーダ水を吸い上げて空になったカップを、ソフィアは紙クズを差し出す。
『ご協力ありがとうございました!』と笑顔で挨拶をされた後、ソフィアは再び俺に視線を戻した。
「司令官から契約の話を持ちかけられた時、目的を果たすチャンスがきたと思ったの」
ソフィアがテーブルの上に置かれた俺の手を強く握ってきた。
「……ソフィアの目的って?」
「私の目的は地球に巣食う人喰い機械共を駆逐することよ。その目的を叶える為に地球から遠く離れた宇宙船までやって来たの。だからね、イグニス君。同じ適合者として私に協力して欲しい。これからきっと、貴方の力が必要になる」
ソフィアの瞳に復讐の炎のような鋭い光が宿るのを見て、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。




