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処刑寸前の侍女ですが・・・?  作者: あけはる


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第三話

佳境です。

 

 エルシィは眠れずに地下牢の天井を見つめていた。

 石の染みが、まるで誰かの手形みたいに見える。


(明日、証拠が出なければ処刑)


 現実味がない。

 今日の朝までだった命が明日まで伸びただけ。

 首にかけられた縄が、少しだけ長くなっただけだ。


 それでも。


(まだ、生きたい)


 恐怖よりも先にこの言葉が出るようになった自分に、エルシィは驚いていた。

 

 これまでの自分は「生きたい」と願う前に、

 「目立たないように」と自分を畳んでいたから。


(死の直前ってこんなに落ち着いているものなんだろうか) 


 そんなことをグルグル考えていると

 牢の扉の向こうから、かすかな気配がした。


 扉が開いて入ってきたのは、レオニス―――

 昨日の濃紺の礼装のままだ。

 少し疲れた顔をしている。


「……眠れたか」


「いいえ」


 エルシィは正直に答えた。

 嘘をつく必要がない相手だと、もう知っている。


「まあ当然だな」


 レオニスは言いながら、机代わりの石台に紙束を置いた。


「これを持って、王の前に出るつもりだ」


「これが……証拠ですか」


「いや、“証拠になり得るもの”だ」


「……どういうことですか」


「証拠としては半人前だ。残り半分は、君の言葉で補う」


 レオニスは短く言い切ると、紙束の一枚を指で叩いた。


「宝物庫の持ち出し記録。ここを見てくれ、印章が二重に押されている箇所がある。

 それだけなら単なる手続きミスと言われる。だが――」


 次の紙をめくる。


「同日に、同じ印章が王都から少し離れた別の場所でも使われていることが判明した」


 エルシィは息を呑んだ。


「……ありえない」


「そう、ありえない」


 力強い声が牢に響く。


「本来1つであるはずの印章が2つある証拠。

 つまり、印章が偽造されたことを示すことができる」


 レオニスの黄金の瞳がランプの淡い光に美しくきらめく。


「印章を複製した者がいるはずだ」


 エルシィの背中に、ぞくりと寒気が走る。


(印章を管理していた王太子側の関与・・・!)


 昨日、自分が口にした可能性が、徐々に形になっている。


「そしてこれ」


 レオニスはさらに別の封筒を出した。

 水色のスエード巾着――あちこちが焦げ付いた水色の細い布片が、入れられていた。


「これ・・・!」


「君が昨日言及した巾着はこれだろう。王太子側近の控室の炉の灰の中から見つかった」


「ええ、この水色……間違いありません。でも、どうやって」


「昨日ここを去った後、すぐに俺の専属騎士に調査させた。

 慌てて暖炉に放り込んだのだろうまだ燃え残っていたよ」


 レオニスは布片が入った封筒を大事に礼服の内ポケットにしまい込んだ。


(殿下は、動いたんだ)


 ただ正義を叫んだわけじゃない。

 王宮という理不尽の中で、“闘うための準備”をしたんだ。


 レオニスは最後の封筒を出した。

 

 宝物庫の鍵の管理台帳、の写し。


「鍵の束をセラフィーナが持っていた、と言ったな」


「はい。確かに……」


「確認したところ鍵の貸し出し記録に、彼女の名前はない」


 エルシィは唇を噛んだ。


「……でも、セラフィーナが鍵を持っているのを私、見ました」


「その矛盾を突く」

 

 思わず呼び捨てになってしまったエルシィに顔色一つ変えずレオニスは続けた。


「“貸出記録はないのに、鍵が持ち出されている”

 それは、鍵を持ち出した者が、記録を”改ざん”できる立場であるという証拠だ」


 エルシィの喉が鳴った。


 王太子の顔が浮かぶ。

 決着さえあれば良いと言い切った傲慢さ。


 怒りが、胸の奥で燃える。


「……私、どうすれば」


「君は、事実だけを言え。

 感情を足すな。誰かを責める言葉もいらない」


「……でも」


「相手に隙を見せないこと」


 そして、レオニスは少し困ったように笑った。


「今日の君の目は、とても強い」


 黄金色に輝く美しい瞳に写った自分を、

 エルシィは、ただただ見つめていた。


 ずっと「目立たぬよう」生きてきた。

 ずっと「謝る」ことで生き延びてきた。


 でも――。

 今度は一緒に闘ってくれる人がいる、それが何より心強かった。



 謁見の間。


 左右に並ぶ貴族たちの視線は、好奇と嘲りとに満ちている。

 “明日死ぬはずだった侍女”が、なぜもう一度裁定されるのか。

 

 その隠せぬ興味を、エルシィは一身に受けていた。


 正面の玉座には国王。

 その隣に王太子。

 そして、少し離れて第二王子レオニス。


 セラフィーナは――いない。

 とっくに切り捨てられたのだろう。

 それがまた腹立たしかった。


「被告、エルシィ・ノーヴェン」


 国王の声が響く。


「そなたは王家の宝物“蒼星の宝玉”を盗み出した罪を問われている。

 どうだ?」


 エルシィは喉を鳴らし、膝を折った。

 カーテシーは、体に染み付いている。


 だが今日は、“頭を下げて許しを乞う”ための礼じゃない。


「私はやっていません。否認いたします・・・!」


 言った瞬間、貴族たちの中にどよめきが起きた。

 すぐに野次が飛んでくる。


「侍女風情が王太子の下した沙汰に逆らうなんて!」

「往生際が悪い小娘ですこと!」

「身の程をわきまえろ!」


 怒りが口から出そうになる。

 だが、レオニスの言葉が脳裏に刺さる。


――感情を足すな。


 場の空気を満足げに眺めていた王太子が口を開いた。


「父上。昨夜も申し上げた通り、証拠は揃っております。

 被告が否認しても、主を唆した責任は明白で――」


「主?」


 朗々とまるで舞台であるかのように話す王太子を

 鋭く遮ったのはレオニスだ。


「兄上。言葉の置き方が巧妙すぎる。

 兄上の言葉では、実行犯を罰することができない」


 王太子は笑みを崩さない。


「実行犯? そんな大袈裟な。

 宝玉は消え、ノーヴェン嬢の署名があった。十分だろう」


 あちら側が望む“決着”の論理だ。


 エルシィは歯を噛みしめた。

 怒りに任せてはいけない。

 一方的に誰かを責めるのもだめだ。

 私がやるのは、ただ一つ、


(まだよ。待つのよエルシィ)


 国王が言う。


「レオニス。新たな証拠があると言ったな」


「はい」


 レオニスは一歩前へ出て、紙束を差し出した。


「印章の二重使用です。

 持ち出し記録と、同日に王都外の場所で押された印章が一致しています」


 ざわめきが一段と大きくなった。

 

(殿下が切り札を切った、ここからが勝負よ)


 王太子の笑みが、ほんの少しだけ硬くなる。


「ただの押し間違いでしょう、それほど気にする必要はないな」


「押し間違いなら、二度押しで違反だ。

 さらに、同日同時に2か所で使われたとなれば・・・父上」


 あえて言葉を切ったレオニス。


 国王の眉が寄る。


「印章の複製……?」


 王太子が軽く肩をすくめた。


「荒唐無稽です。誰がそんなことを」


「まだあるぞ」


 不遜な態度の王太子を無視してレオニスが続けた。


「王太子側近の控室から、水色のスエード巾着の残骸が見つかりました。

 昨夜、炉で焼却された形跡があります」


「それが何だと言うのだ。巾着など、誰でも持つ」


「ええ、持つだけなら問題ない。

 しかし、被告の証言と一致するのだ、“置き忘れ”があったと」


 王太子が不遜な視線をエルシィに向けた。


「では聞こうじゃないか。エルシィ・ノーヴェン。

 その巾着を見たと言うが――誰が、持っていたのだ」


 (来た)


 自分の立てた筋書きに余裕綽々な態度の王太子。

 怒りで手が震える。

 

(だめ、怒りに任せてはいけない、事実だけ、事実だけ)


 エルシィは顔を上げた。


「私は、その方のお名前を存じ上げません」


 ざわっと笑いが走る。


「は? 知らない?」

「とんだ狂言じゃないか!」

「妄想はよしな小娘」


 飛び交う野次を無視してエルシィは続けた。


「けれど、王太子殿下の側近の方でした。

 胸元に、王太子付きの徽章をつけておられましたから」


 王太子が静かに言った。


「そんなの誰が信じるというんだい」


「いいえ、信じていただきます」


 エルシィは、そこで初めて言い切った。

 王太子の目が細くなる。


 エルシィは、息を吸った。

 事実。事実だけ。


「……私は毎日のようにその徽章を磨かされていたのです」


 場が静まりかえった。


「侍女は、主人だけではなく、周辺の方々の装いにも気を配ります。

 王太子殿下の側近の徽章はセラフィーナ様の侍女の中でも、私が担当しておりました」


「その一つ一つが職人の手で作られた繊細なもの。王太子殿下の側近は7名。全ての徽章を記憶しております、お聞きになりたいのならば、その特徴をお話しても構いません」


 エルシィの話す事実には自信が伴う。


「そしてその中の一つに金の縁に微細な欠けがある徽章がありました」


 謁見の間の視線は王太子の傍に控える7名の側近に注がれる。

 あまりの具体性に、嘘が挟まる余地がない。


「巾着をお忘れになったのは、その方です」


 国王が低く唸った。


「……なるほど」


 王太子の笑みが消えた。



 裁定は、その場では出なかった。


 代わりに出たのは勅命だった。


「宝物庫の記録、印章鑑定、王太子付き側近の最近の動き。

 第三者の監査を必ず入れ、これら全てを再調査せよ!」


 ――再調査。


 それは、王太子の“決着”の筋書きが崩れた証に他ならなかった。


 (まだ無罪が確定したわけではないけれど)

 

 ざわめきが広がる謁見の間で、エルシィはそっと息を吐いた。


 謁見が終わり、廊下に出た瞬間。

 エルシィは、背後から冷たい声に呼ばれた。


「エルシィ・ノーヴェン」


 振り向くと、王太子が立っていた。

 護衛を一歩後ろに置き、笑っている。


 笑顔なのに、目はひとつも笑っていない。


「君は、面白いね」


 王太子が優しく言った。


「侍女の分際で、よくもあんなに喋れたものだ」


 エルシィは膝が震えるのを、必死で止めた。

 ここで怯えを見せたら、また“身代わり”に戻される。


 王太子は、エルシィの耳元に近づた。


「勘違いするな。再調査は“君が救われるためじゃない。

 私に“汚点を残さないため”に利用する」


 ぞっとする。


「君が助かるかどうかは――私の気分次第だろう」


(・・・こんの、クソ王太子)

 エルシィの胸の奥で、怒りが再び燃え上がる


 そのとき、

 王太子の背後から一つの声が落ちた。


「兄上。彼女に触れるな」


 レオニスだった。


 王太子がゆっくり振り返る。


「弟よ。まだ続けるのか」


「兄上こそ」


 レオニスはエルシィを背中にかばう。


 その凛とした背中が、すごく、頼もしい。


 王太子は、あざ笑うように目を細め、踵を返した。

 残ったのは、薄い香水の匂いと、冷たい余韻。


 エルシィは、レオニスに小さく尋ねた。


「私、助かるんでしょうか」


「……助ける。我が国で罪もない人が理不尽に罰せられるのは絶対に許さない」


 それは、力強い宣言だった。

 勝利ではなく、戦いのゴング。


(理不尽に虐げられるのはもうまっぴら・・・!)


 声を上げて叫ぶのではない。

 事実を並べて、相手の逃げ道を消す。


 そのやり方なら、私にもできるのだから。

最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけましたら幸いです。

もしよろしければご評価やブクマなど応援いただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします!

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