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処刑寸前の侍女ですが・・・?  作者: あけはる


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2/4

第二話

4話で完結予定です。

  牢は冷たかった。

 湿った石の匂いが、肌にまとわりつく。


(明朝、処刑)


 言葉にすると現実になる気がして、エルシィは喉の奥で何度も飲み込んだ。

 それでも現実は、飲み込めない形でそこにある。


 鉄格子の外、見張りの兵が欠伸を噛み殺している。

 彼らの退屈が、エルシィの命の軽さを示していた。


「……どうして、私が」


 誰にともなく呟くと、声が石に吸われて消えた。


 宝玉に触れたことはない。署名など知らない。

 けれど、否定の言葉は夜会の場で刃に変わった。


 ――侍女なら主を止めるべきだった。同罪だ。


(止められるはずがないじゃない・・・!)


 止めた瞬間、怒りが飛んでくる。

 物が飛ぶ。言葉が飛ぶ。

 悪意と蔑み。


 エルシィはそれを知っていた。

 だから黙った。耐えた。謝った。


 その結果が、処刑台。


(冗談じゃないわ、あのクソ王太子)


 生命の危機を身体が感じたのだろうか。

 今まで抑えていた怒りがこみあげてくる。


(どうせ死ぬならあの残酷女セラフィーナも王太子も巻き添えに・・・!)


 目を閉じると、夜会のシャンデリアが浮かぶ。


 光の輪の外で、こちらを見ていた鋭い視線。


(あれは確か第二王子殿下)


 なぜこちらを?

 哀れみ? 興味? あるいは、値踏み?


 考えるほど息が浅くなる。

 このまま朝になったら、私は終わる。


(いやだ、まだ死にたくない・・・!)


 そのとき。


 通路の向こうからで足音がきこえた。

 静かで、迷いがない足音。

 エルシィの繋がれている地下牢に向かってきているようだ。


 鉄格子の前に、影が落ちる。


「エルシィ・ノーヴェン」


 低く澄んだ声。

 エルシィは反射で立ち上がり、膝が震えるのを押さえカーテシーをとった。


 王族の証であるきらめく金色の髪に黄金の瞳。

 濃紺の礼装に凛とした立ち姿。


 (やっぱり・・・!)


 第二王子、レオニス・アルヴァート。


 あの視線は偶然ではなかったのだ。


「……殿下、このようなところに何用で」


 喉が乾いて声が掠れる。


 エルシィの問いには答えず

 レオニスは、牢の中の空気を測るように目を動かした。


「君は罪を認めるのか」


 冷たい黄金の目が問いかけてくる。


「いいえ……認めておりません」


 言った瞬間、身体が熱くなる。

 どうせ明日には無い命だ。

 王族に異を唱えても結果は同じ。


 ―――もう我慢は、必要ない。


「私は、やっていません!」


 エルシィの精一杯の叫び。


 レオニスはただ一言、淡々と言った。


「そうか」


 抑圧してきたエルシィの心。

 初めてもらった認定の言葉だった。


「君は嘘をついていない」


 泣きそうになりながらエルシィは慌てて奥歯を噛む。


「……どうして、そんなことが」


「嘘をつくとき、人は言葉が増える。

 君にはそれがない。まっすぐだ。

 そして恐怖はあるが、取り繕いや焦りもみえない」


(でも、もう遅い・・・)


「殿下が信じてくださっても……明朝、私は」


「逆だ。明朝まで、まだ時間がある」


 レオニスは見張りの近衛騎士へ告げた。


「執行は保留だ。私が王に奏上する」


 騎士は驚きに固まり、そして怯えたように言った。


「ですが、王太子殿下のご命令が……」


「王命ではない。二度言わせるな、刑は保留だ」


 騎士はすぐには動かなかった。

 迷っている。

 沈黙が重くのしかかる。


 その時―――


 通路の奥から、複数の足音が聞こえてきた。

 慌ただしく鎧の擦れる音が近づく。


 そして、聞き覚えのあの声。


「レオニス」


 王太子だ。

 笑顔だが、目はひとつも笑っていない。

 

(怒ってる・・・)


 柔和な語り口に氷点下の声音。


「どういうつもりだい?私の決定に口を挟むつもりかな」


「決定が早すぎる。調査もなく処刑とは、手続きの逸脱に等しい」


「手続きだって?」


 王太子は口角を上げた。


「宝玉が消え、署名があり、本人が傍にいたという情報があった。証拠はそろってる」


(証拠ですって? 捏造のくせに・・・!)


 牢の中で怒りに震えるエルシィを一瞥し、


「これ以上、何を調査しろというんだい?」


 悪意ある視線を隠そうともしない王太子。



 だが、レオニスは一歩も引かなかった。


「十分ではない。

 押された印章は本物か、筆跡にも鑑定が必要だ。

 加えて、記録用紙が法律規定とは異なるように見えたが」


 王太子の眉がわずかに動く。


「そして何より、エルシィ・ノーヴェン嬢は一貫して容疑を否認している」



「……だから、何だというのだ」


 王太子は低い声を震わせた。


「物事には“決着”が必要だ。

 私の婚約者だった女に汚点などあってはならない。

 王族にたてつくものに制裁を加えなければならない、そうだろう?」


「真実を曲げてまで守る王位に、価値はない」


 王族のあり方を問うようなレオニスの発言に

 空気が張り詰めた。

 

 王太子の護衛騎士が前に出ようとする。

 剣の柄に手がかかる。


(……ここで争ったら、レオニス殿下が負けてしまう)


 レオニスは正しい。

 でも“正しい”だけでは勝てないのが王宮だ。

 それは誰よりもエルシィが知っている。


 レオニスをじっとみつめていた王太子は、満面の笑みで頷いた。


「レオニスがそこまで言うなら、こうしようか」


「処刑は“延期”にしよう。

 明日、我々の父、国王陛下の御前で再度裁定を行う。

 その場で新たな証拠を、レオニス、お前が出せなければ、執行するよ」


 エルシィの全身が冷えた。


 延期――。


 ただ、死刑宣告に“猶予”がついただけ。


「……証拠」


「そう証拠。今すぐに出せるなら、先に見てあげようか」


 王太子の瞳が細くなる。

 分かっているのだ。

 レオニスが“確証”までは掴んでいないことを。


 レオニスは、沈黙した。


(……やっぱり、私は助からない)


 王太子が勝ち誇ったように口角を上げた。


「弟よ。感情で動くな。

 侍女が己の仕事を怠った。それだけで十分なんだよ」


 レオニスが、エルシィへ視線を戻す。

 


「……エルシィ・ノーヴェン嬢、覚えていることをすべて言え」


 鋭い視線がエルシィを貫く。怖い。

 でも、黙れば確実に死ぬ。


 (一か八か、やるしかない・・・!)


「……わ、私は……」


 声が震える。

 王太子の視線が、獲物を見るようにこちらを刺す。


 その瞬間、レオニスが静かに言った。


「君は嘘をついていない。

 だから――君の言葉は、武器になる」


 エルシィは、胸の奥の何かを掴んだ。


「……薔薇です」


「何?」


「王太子殿下から賜った薔薇を、セラフィーナ様は“誰にも触らせるな”と命じました。

 自分で世話なんてできるはずがないのに。でも、枯れたら私のせいだとおっしゃいました」


 王太子の眉が動く。

 レオニスは小さく頷いた。


「続けて」


「あの夜会の三日前、王太子殿下の側近の方が来られました。

 セラフィーナ様が不在でしたので私が対応いたしましたが…」


「その際に見慣れない水色をしたスエード巾着を置き忘れになられました。

 それをお伝えに追いかけましたが、その方は見つけられずに、私はセラフィーナ様の自室に戻りました。」


 「するとそこには、大きな鍵の束をお持ちになったセラフィーナ様いらっしゃったのです。

 

 セラフィーナ様は私に書類を投げつけ、突然、私に“書類を届けろ”と仰って……」


 言いながら、足元がぐらつく。

 自分が何を言っているのか、分からないほど馬鹿ではない。


 ――王太子の側が関わっている可能性。


 エルシィの発言はそれを示唆している。


 王太子の目、薄く弧を描く。


「……面白い。嘘に事欠いて妄言か。

 それとも我が弟が丁寧に仕込んだ台本かい?」


「いいや、妄言ではない」


 レオニスが切り返す。


 だが王太子は肩をすくめた。


「明日。王の前ではなそう。

 だが、証拠がなければいくら騒いでも無駄だよ」


 

 エルシィは、助かったのか、捕まったのか分からなくなる。


 王太子はくるりと踵を返す。


 去り際に、鈴の音のような声が落ちた。


「レオニス。証拠が出せなければ、お前の権威も同時泥船だ。

 侍女ひとりのために、随分と重い賭けをする。

 兄として、身の振り方をもう一度考えることを提案するよ」


 足音が遠ざかる。

 残った空気は、まだ冷たい。


「明日までに、証拠を掴む」


 エルシィは喉を鳴らした。


(……もし、掴めなかったら)


 言うまでもない。

 だからこそ、エルシィの胸に、別の感情が灯る。


 怖い。

 今は怒りのほうが大きい。


 真実を捻じ曲げようとする者たちへの怒り。

 声を奪い、身代わりにした者たちへの怒り。

 このような理不尽を許している環境への怒り。


 暗い通路の奥を眺めながら、エルシィは唇を噛んだ。


(……まだ、生きたい)


 ただ平穏に生きたかった。

 それだけだった。

 王都の有名パーラーでフルーツパフェに舌鼓をうったり、

 学生時代の友人たちとピクニックに出かけたり、そういうささいな幸せを楽しみに生きる。


 そういう毎日を願って、何が悪い。

 どうしてこんな目に合うんだ。

 どうして世の中はこんな理不尽なんだ。


 ――欲しいなら、そう。

   戦って手に入れるしかない。


 牢の扉が閉まる。

 その重い音が終わりを告げるかのように響いた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけましたら幸いです。

もしよろしければご評価やブクマなど応援いただけますと嬉しいです。

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