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処刑寸前の侍女ですが・・・?  作者: あけはる


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第一話

3.4話程度で完結予定です!

 エルシィ・ノーヴェンは、生まれてからずっと

 「目立たぬよう」生きてきた。


 貧乏子爵家の三女。

 上の姉が婿を取り、実家存続は確定。

 下の姉も昨年同格子爵家へ嫁いだ。

 

 そしてエルシィ。

 少しクセのある茶髪に茶色の瞳。

 不細工ではないが美人でもないとても平凡な外見。


 両親には特に言及されないが

 三女というポジション。

 いずれは家を出て、生計を立てなければいけない未来が待っている。

 

 一人暮らしができるための就職を目標に

 無難に、静かに、誰の機嫌も損ねないように生きる。


 エルシィは今、

 公爵令嬢セラフィーナ・ルヴェリエの侍女として、王宮の奥に仕えている。


 貴族学院をそこそこの成績で卒業し、

 就職先を探していた時、急遽空きが出たと耳にした。


 ルヴェリエ公爵家の長女セラフィーナは、

 王太子の婚約者に決まったと昨年噂になっていたし、

 お給料も相場の倍。


 これは流さないと、何も調べず飛びついてしまったのが運の尽き。


 セラフィーナは公爵令嬢らしく美しく、気高く、

 そして。


 苛烈で理不尽だった―――



「どうなってるの!”今すぐ”準備しろと言ったじゃない!」


「申し訳ございません」


 エルシィは膝をつき、額が床に触れるほど頭を下げた。

 

 就職したあの日から怒鳴られることが日常になった。


 この日の夕方、王太子からのお呼ばれが入ったのだ。

 急遽のことだったので、

 セラフィーナは既に、取り巻きの貴族令嬢宅へ茶会に出かけ後だった。

 エルシィは急ぎ知らせを送って

 大急ぎで身支度品を準備し、主の帰還を待っていた。


 やきもきしながら、2時間以上、

 ずっと待っていたのだ。


 だが、セラフィーナは出発予定時刻の15分前に帰室。

 大急ぎで準備しても到底間に合わない。

 

 しかし、そんなことを口にするのは自殺行為だ。

 

 侍女には規律がある。

 主人の品位を守るため、必要ならば注意もする。

 

 けれどセラフィーナの前では、それは“罪”になった。


 セラフィーナお嬢様を怒らせなければ、物は飛んでこない。

 セラフィーナの機嫌が良ければ、今日は頬を叩かれずに済むかもしれない。

 

 そうやって息を潜めているのが、

 エルシィの世界の全てだった。 



「このドレス、新品なのに皺があるわ!

 このしわのせいで私は殿下との約束に遅れてしまったのよねえ」


「申し訳ございません」


「このままじゃ王太子殿下を待たせてしまうわ、

 どう責任を取るつもり? 

 きちんと準備すらできない無能なあなたのせいよね?」


「申し訳ございません」



 あなたの帰りが遅かったせいでは?

 などと口答えしようものなら

 次はどんな嫌がらせが待っているかわからない。


 謝罪、謝罪、謝罪。

 嵐が過ぎ去るのをひたすら待つしかなかった。



 また別の日には

 王太子から送られた薔薇の花束が

 数日で枯れてしまったことがあった。


 花束をもらった当日、上機嫌のセラフィーナは、

 自分以外の人間が薔薇に触れることを一切禁止した。


 高貴な薔薇に低俗な人間が触れることは許さない、少しでも触れれば折檻も辞さないと付け加えて。


 数日後、花瓶に入れられたまま、

 見るも無惨に散った薔薇。

 当然だ、サラフィーナは公爵令嬢。

 花の世話などしたことがない。


 水を換えると言う概念すらなかったのだろう。

 当日に刺された水のまま直射日光が当たる窓際に放置されれば繊細な薔薇はひとたまりもない。


 つまり、薔薇が枯れたのはセラフィーナが世話を怠ったことが原因なのだ。

 しかし、枯れた花を見たセラフィーナは怒り狂い、

 しまいには花瓶をエルシィに投げつけた。


 破片が腕に、指先に、刺さった。

 それでも、エルシィは声を上げなかった。

 主人の怒りを煽るのが怖い。


「……申し訳、ございません」


 セラフィーナの背後で、取り巻きの令嬢たちが笑う。


「水をかえる気遣いもできないのね」

「侍女のくせに、みっともない」

「さすがはセラフィーナ様、この程度で済ませてあげるなんて、なんとお優しい」

「下級貴族に仕事の矜持を教えていらっしゃるのね」


 誰も止めない。ここではセラフィーナが法なのだ。

 

 転職するにも紹介状なんて書いてもらえない。

 

 “自分の価値の低さ”に原因があると無理やり解釈して、ずっと耐えていた。


 ――私が未熟だから。

 ――私の要領が悪いから。

 ――私の身分が低いから。


 その歪な結論だけが、過酷な世界を耐え抜く唯一の方法だった。



 夜会は、春の終わりに訪れた。


 王宮の大広間に、華やかな音楽と甘い香りが満ちる。

 今夜、王太子が婚約者セラフィーナに正式に婚姻の贈り物を渡す――そんな噂が流れていた。



 その日のセラフィーナの気合いは相当なものだった。


 エルシィはいつもより慎重に、細やかに準備を整えた。

 手袋の縫い目。髪飾りの留め具。靴の紐に至るまで、

 完璧に。


「いい?あなた、私の盾になりなさい」


 控室で、セラフィーナが鏡越しに言った。


「何があっても、私の顔を立てなさい。

 無能なあなたにはそれしかできないのだから。

 余計なことを言えば……分かっているわね?」


 晴れ舞台の直前に不穏な言葉。

 嫌な予感。


 けれどエルシィは頷くしかない。

 頷かない自由など、最初から与えられていない。


「……はい。承知いたしました」


 絢爛な音楽とともに夜会も中盤に差し掛かった頃。

 王太子がセラフィーナのもとへゆっくりと進み出た。

 

 弦楽の音が、ふっと途切れる。


「――セラフィーナ・ルヴェリエ」


 王太子の声は、氷のように冷たかった。


「これをもって貴殿との婚約を破棄する」


 ざわめきが走る。

 セラフィーナの顔が信じられないものを見るように強張っていく。


「な……何を、仰って……?」


 王太子の隣に立っていた近衛が一歩前に出た。

 小箱が掲げられ、中身が示される。王家の宝物庫で保管されるはずの“蒼星の宝玉”。


「宝玉の持ち出し、ならびに偽造署名。残念ながら、証拠も揃っている」


 大広間が凍りついた。


「そんなっ……! 私は知らない! は、嵌められたのよ!」


 セラフィーナが必死に叫ぶ。

 取り巻きの令嬢たちが息を呑んだ。


 次の瞬間


 セラフィーナの悪意のある視線が、矢のようにエルシィへ突き刺さった。


「――エルシィよ!」


 セラフィーナは鬼の形相で震えるエルシィをにらむ。


「私は知らない! 全部全部、エルシィが……!」


 ざわ、と囁きが広がる。

 人は“わかりやすい悪者”を求める。

 

(このままじゃ本当に犯人にされてしまう・・・!)


「……ち、違いますっ!」


 声が震えた。膝が崩れ落ちそうだ。


「私は宝玉など触れたこともございません。署名も――」


「嘘おっしゃい!卑しい貧乏子爵家のくせに!」


「静かにしろ」

 王太子の声が落ちる。

 その静けさはまるで断罪の宣告のようだ。


「エルシィ嬢、君も侍女なら主を止めるべきだった。同罪だ」


 ――止められるはずがない。


 止めればセラフィーナの怒りをかい、

 王宮から追い出される。家族に迷惑がかかる。

 

 エルシィは、その“現実”を知っている。

 だから黙ってきた。耐えてきた。


 でも、それを知っているのは、エルシィだけだった。


 視界の端で、誰かが目を逸らした。

 誰かが、ほっとしたように息を吐いた。


 ――ああ、そうか。


 みんな、この展開を待っていた。

 私が悪者になれば、セラフィーナの罪が軽くなる。

 王太子の面目も保たれる。

 セラフィーナの取り巻きも、自分の立場を守れる。


 エルシィはそこで初めて悟った。


 自分は、ずっと――“身代わり”として置かれてきたのだと。



「エルシィ・ノーヴェン」


 王太子が名を呼ぶ。大広間の視線が、一斉に集まる。


「貴様を、王家の宝物を盗み出した罪、ならびに王太子妃候補への唆しの罪で裁く」


 唆し――?

 笑ってしまいそうだった。私が、セラフィーナ様を唆す? 

 この人は、私がどういう扱いをされてきたか知っているのだろうか。


 いや。知っているのだ。

 知った上で、切り捨てているのだ。


 近衛騎士が近づき、エルシィの腕を掴む。


 叫びたい。助けてほしい。

 過酷な環境に耐えた未来が、いわれのない罪を擦り付けられることだったなんて。

 報われない――そう思ってしまう自分にさえも、悔しかった。


「明朝、処刑を執行する」


 鈴の音のように澄んだ言葉が、残酷に響く。


 あまりに短い。

 弁明も、調査も、何もない。

 ただ体裁のための、決着が必要なだけ。


 エルシィは、ゆっくりと顔を上げた。


 視界の端から、ふと視線が交わった。


 シャンデリアの光の外。

 少し離れた2階の窓から、こちらを見ている人物がいた。


 濃紺の礼装。凛とした立ち姿。

 鋭い眼差しが、エルシィを捉えている。


(・・・第二王子、レオニス・アルヴァート殿下)


 セラフィーナの付き添いで王太子との面会の際、何度か見かけたことがある。

 だがエルシィとは何のかかわりもなかったはずだ。

 

(……なぜ、こっちを見てるの)


 近衛がエルシィを引きずるように連れ出す。

 大広間の扉が閉まり、ざわめきが遠のく。


 最後に聞こえたのは、誰かの嘲るような笑い声だった。


(私は、ただ、平穏に生きたかっただけなのに)


 喉の奥で、言葉にならない声が震える。


 明朝、処刑。


 その四文字だけが、エルシィの世界のすべてになった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけましたら幸いです。

もしよろしければご評価やブクマなど応援いただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします!

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