第1章 禁忌の森⑧
気づけば――
村の人々は、僕のことを話題にしなくなっていた。
裏の小屋に籠もるようになってから、
僕は昼間、村に姿を見せないようにしていた。
畑にも出ない。
井戸にも行かない。
通りを歩くこともない。
夜だけだ。
僕が外に出るのは。
魔物を狩るために。
そして、不思議なことが起きた。
エルフィード家への扱いが、
少しずつ――元に戻り始めたのだ。
「最近、井戸の使用時間が戻ったらしいわ」
母さんが、ぽつりと呟いた。
「本当か!」
「役務も、来月からまた参加していいって」
窓ガラスの向こうに見える父さんは、どこか安堵した顔をしていた。
理由は、誰も言わなかった。
けれど、わかってしまった。
――僕が、いなくなったからだ。
“禁忌の森に足を踏み入れた子”
“関わってはいけない存在”
その中心が、村から消えた。
それだけで、
村は元の平穏を取り戻していった。
誰も、
夜に魔物の数が減っていることに気づかない。
誰も、
畑を荒らす獣が消えた理由を考えない。
それでも。
僕は、やめなかった。
疎外されていても。
村が、
僕を必要としなくても。
剣を握り、魔法を使い、
夜の森で血にまみれながら魔物を倒した。
英雄になるために。
――いや。
英雄であり続けるために。
そうしないと、
自分が何者なのか、
わからなくなりそうだったから。
そして。2年の月日が流れた。
15歳の誕生日の朝。
僕は、小屋の中で一人、目を覚ました。
祝福の言葉はない。
贈り物もない。
ただ、静かな朝だった。
小屋の隙間から差し込む光を見ながら、
僕は思った。
――この村に、僕の居場所はない。
そして、
この村は、僕がいなくても回っていく。
それが、
何よりもはっきりと、証明されてしまった。
なら。
ここに、留まる理由はない。
僕は立ち上がり、
わずかな荷物をまとめた。
剣と、
山で身につけた技と、
そして――母が語ってくれた英雄譚だけを胸に。
家を出る前、
一度だけ、振り返った。
木造の家。
小さな畑。
静かな村。
守り続けた場所。
けれど――
「……さようなら」
その言葉を、誰にも聞かれないように呟き、
僕は歩き出した。
英雄になるために。
誰にも感謝されなくても。
それでも、
誰かを守れる存在であるために。
こうして、
アガト・エルフィードは――
故郷を去った。




