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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: おでこ
第6章 森の邂逅

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第6章 森の邂逅②


名前を交わした後も、二人はしばらく立ち尽くしていた。


アガトは、ふと美琴の表情を見て――気づく。


彼女は、まだ不安そうにこちらを見ている。


「……あの」


アガトは、丁寧に言葉を選ぶ。


「あなた、大丈夫ですか?」


「……何が」


「さっき、驚いてたみたいだったから」


美琴は、少し目を伏せる。


「……お前、丁寧だな」


「え?」


「私のことを、『あなた』と呼ぶ」


美琴は、わずかに首を傾げる。


「魔族なのに」


「……それが、普通だと思うけど」


アガトは、少し困ったように笑う。


「初めて会った人に、いきなり乱暴な口調は――」


「いや、構わない」


美琴が、遮る。


美琴は、少し恥ずかしそうに視線を逸らし。


「――美琴、でいい」


「……え?」


「美琴と、呼べ」


その声は、どこか照れくさそうだった。


「丁寧に話されると――距離を感じる」


アガトは、その言葉を聞いて――


ふっと、笑みを浮かべた。


「……分かった、美琴」


美琴の頬が、わずかに赤く染まる。


「……ああ」


小さく、頷く。


その瞬間――


アガトの身体が、ぐらりと揺れた。


「――っ」


「アガト!」


美琴が咄嗟に駆け寄り、肩を支える。


「……傷、酷いな」


影狼に噛まれた肩から、血が滴り落ちている。


「このままじゃ、死ぬぞ」


美琴は、迷わず告げる。


「私の隠れ家に来い。治療する」


「……いいのか?」


「当然だ」


美琴は、強く言い切る。


「お前を、死なせるわけにはいかない」


その言葉に、アガトは――


胸が、温かくなるのを感じた。



美琴に導かれ、アガトは森の奥へと進んだ。


足を引きずりながら、必死についていく。


やがて――視界が開けた。


「……ここが」


小さな洞窟。


入口は木々に隠れ、外からはほとんど見えない。


「入れ」


美琴が先に入り、アガトも続く。


洞窟の中は意外と広く、奥には簡易的な寝床と、いくつかの荷物が置かれていた。


「……ここに、住んでるのか」


「ああ。たまに、な」


美琴は荷物を漁り、薬草と包帯、そして水筒を取り出す。


「まず、これを飲め」


水筒を差し出す。


「……ありがとう」


アガトは受け取り、一口含む。


冷たい水が、喉を潤していく。


「……生き返る」


「ゆっくり飲め」


美琴は、薬草を潰し始める。


「傷の治療をする。服を脱げ」


アガトは頷き、ボロボロになった上着を脱ぐ。


肩から血が流れ、全身に無数の傷が走っている。


「……酷いな」


美琴が、わずかに眉をひそめる。


「何があった」


「……ダンジョン攻略、かな」


アガトは、苦笑する。


「《原初喰らいの蛇王(アウルム=ナグア)》ってボスと戦って――」


「――蛇王?」


美琴の手が、止まった。


「あの、蛇王と戦ったのか」


「ああ」


「……生きて帰ってきたのか」


「かろうじて、ね」


アガトは、腰の《蛇王剣・深淵のサーペント・アビス》を指差す。


「これが、その証拠」


美琴は、剣をじっと見つめ――


やがて、小さく息を吐いた。


「……お前、化け物か」


「そうかもしれない」


アガトは、自嘲気味に笑う。


「でも、誰も認めてくれなかったけどね」


「……どういう意味だ」


美琴が、包帯を巻きながら尋ねる。


アガトは、しばらく黙り――


やがて、静かに語り始めた。


「スキル契約の代償で、嫌われるんだ」


「最初は幼馴染から」

「次に村の人たち」

「そして――仲間だと思っていた人にも」


美琴の手が、一瞬止まる。


「どれだけ頑張っても、どれだけ守っても」

「結局、嫌われる」


「――それが、俺の代償」


美琴は、黙ったまま治療を続ける。


包帯が、丁寧に傷を覆っていく。


「……私も、同じだ」


やがて、美琴が呟いた。


「どれだけ強くなっても、どれだけ軍を守っても」

「結局、怯えられる」


「――それが、私の代償」


アガトは、美琴を見つめる。


「……似てるな、俺たち」


「ああ」


美琴は、包帯を結び終える。


「拒絶され続けることの、辛さ」


「孤独の、重さ」


二人の間に、静寂が落ちる。


それは、重苦しいものではなく――


どこか、温かいものだった。


「……なあ、美琴」


「何だ」


「お前、ここで一人で過ごしてるのか」


美琴は、少し視線を逸らす。


「……ああ」


「魔王城には、戻らない」


「私がいると、皆――怯える」


その声は、寂しげだった。


「だから、ここにいる方が――」


「――誰も、傷つけずに済む」


アガトは、その言葉を聞いて――


胸が、締め付けられた。


「……優しいんだな、美琴」


「……何が」


「誰かを怖がらせたくないって、思ってるんだろ」


美琴の瞳が、わずかに揺れる。


「……当たり前だ」


小さく、呟く。


「誰かが怯える顔を見るのは――辛い」


「だから――」


「――一人でいる方が、いい」


アガトは、その横顔を見つめる。


(……本当に、似てる)


自分も、同じだった。


誰かを嫌な気持ちにさせたくなくて。


誰かに拒絶される姿を見たくなくて。


だから、一人でいることを選んだ。


「……なあ、美琴」


「何だ」


「誰かと、話すの――久しぶりか?」


美琴は、少し驚いたように目を見開き――


やがて、小さく頷いた。


「……ああ」


「誰とも、まともに話せなかった」


「魔王以外は、皆――私を見ると怯える」


その声は、震えていた。


「だから――」


「――誰かと、こんなふうに話すのは」


「……本当に、久しぶりだ」


アガトは、その言葉を聞いて――


静かに、立ち上がった。


「……俺も、同じだよ」


「嫌われ続けて」


「誰とも、心を開けなくて」


「――ずっと、一人だった」


二人は、顔を見合わせる。


その瞳には――


同じ孤独が、映っていた。


「……アガト」


美琴が、小さく呟く。


「もう少し――」


「――話し相手に、なってくれないか」


その声は、どこか弱々しく――


まるで、消えてしまいそうなほど儚かった。


「一人は――もう、嫌だ」


アガトは、その顔を見て――


迷わず頷いた。


「……ああ」


「俺も、一人は嫌だから」


美琴の瞳が、揺れる。


「……本当に、いいのか」


「ああ」


アガトは、微笑む。


「美琴といると――安心するんだ」


「嫌われる心配も、拒絶される恐怖も――」


「――不思議と、感じない」


美琴の瞳から、一筋の涙が零れた。


「……私も、だ」


小さく、震える声。


「お前といると――」


「――怖がられない」


美琴は、涙を拭う。


そして――


初めて、笑った。


ほんの少しだけ、口角が上がる。


それは、長い孤独の中で――


初めて見せた、本当の笑顔だった。



陽が、ゆっくりと傾き始めていた。


洞窟の入口から差し込む光が、二人を優しく照らす。


アガトは、包帯を巻かれた身体のまま――


美琴の隣に座っていた。


「……なあ、美琴」


「何だ」


「魔族四天王なんだろ」


「ああ」


「じゃあ――すごく、強いんだな」


美琴は、少し考えるように空を見上げる。


「……どうだろうな」


「誰も、私と本気で戦ってくれないから」


「自分でも、よく分からない」


その声は、どこか寂しげだった。


アガトは、その横顔を見つめ――


ふと、笑みを浮かべた。


「……いつか、手合わせしてみたいな」


美琴が、驚いたように振り返る。


「……本気か」


「ああ」


「美琴の力――見てみたい」


美琴の瞳が、わずかに輝く。


「……ああ」


小さく、頷く。


「いつか――そうしよう」


二人は、顔を見合わせ――


同時に、笑った。


それは、心からの笑顔。



夜が、訪れた。


洞窟の入口で、二人は空を見上げていた。


満天の星が、静かに瞬いている。


「……綺麗だな」


アガトが、呟く。


「ああ」


美琴も、静かに頷く。


「ここからの星空は――」


「――いつ見ても、美しい」


二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。


それは、心地よいものだった。


「……なあ、アガト」


「ん?」


「お前は――これから、どうするんだ」


アガトは、少し考え――


やがて、静かに答えた。


「……分からない」


「でも――」


「諦めたくないことが、ある」


「何だ」


「英雄に、なること」


その言葉を聞いて、美琴は目を丸くした。


「英雄?」


「ああ」


アガトは、空を見上げる。


「子供の頃から、ずっと憧れてた」


「誰かを守れる、英雄に」


「嫌われても、拒絶されても――」


「――その想いだけは、捨てられない」


美琴は、黙ってアガトを見つめる。


「……馬鹿だな、お前」


「かもな」


アガトは、苦笑する。


「でも、それが俺だから」


美琴は、しばらく沈黙し――


やがて、小さく笑った。


「……いいな」


「何が?」


「お前には――」


美琴は、星空を見上げる。


「――まだ、夢がある」


その声は、どこか羨ましそうだった。


「私には、もう――」


「――何も、ない」


アガトは、その横顔を見つめ――


静かに、告げた。


「……そんなことない」


「何?」


「美琴には、俺がいる」


その言葉に、美琴の瞳が揺れる。


「だから――」


アガトは、微笑む。


「――もう、一人じゃない」


美琴の目から、再び涙が零れた。


だが、今度は――


嬉し涙だった。


「……ありがとう、アガト」


小さく、震える声。


「お前と出会えて――」


「――本当に、良かった」


アガトは、その涙を見て――


胸が、熱くなった。


「俺も、だよ」


「美琴と出会えて――」


「――俺も、救われた」


二人は、顔を見合わせ――


同時に、笑った。


それは、心からの笑顔。


孤独を知った二人だからこそ――


この出会いの、尊さが分かる。



星空の下。


嫌われた勇者と、恐れられた魔族。


二つの孤独が、この森で――


静かに、溶け合っていく。


勇者の力を手にした人間。


魔王の力を手にした魔族の少女。


本来なら、決して交わるはずのなかった二人。


だが――


運命は、二人をここで出会わせた。


互いの代償が、互いを結びつけた。


互いの孤独が、互いを理解させた。


「……なあ、アガト」


「ん?」


「明日も――」


美琴は、少し恥ずかしそうに――


「――一緒に、いてくれるか」


アガトは、迷わず頷いた。


「ああ」


「一緒だ」


その言葉を聞いて、美琴は――


初めて、心から笑った。


それは、長い孤独の中で――


初めて見つけた、本当の幸せだった。


この出会いが、二人の運命を変える。


この絆が、やがて世界を変える。


それは、二人とも――


まだ、知らない。


ただ――


今は、この瞬間を――


二人は、ただ静かに、分かち合っていた。


星空が、二人を優しく見守る。


森が、二人を静かに包み込む。


嫌われた勇者と、恐れられた魔族の――


新しい物語が、ここから始まる。


二人は、まだ知らない。


この出会いが、どれほど奇跡的なものか。


この絆が、どれほど強いものになるか。


そして――


この二人が、やがてどんな未来を紡いでいくのか。


それは、これから――


ゆっくりと、明らかになっていく。



〈epilogue〉


勇者の力を手にした人間と、魔王の力を手にした魔族の少女。


人族と魔族。


本来なら敵同士であるはずの二人が――


この森で、運命的な出会いを果たした。


嫌われる代償と、恐れられる代償。


二つの呪いが、互いに打ち消し合い――


初めて、二人は「普通」に接することができた。


孤独を知る者同士だからこそ、分かり合えた。


拒絶され続けた者同士だからこそ、受け入れ合えた。


この出会いは、偶然ではなく――


必然だった。


二人の絆は、これからどうなっていくのか。


人族と魔族という、越えられない壁を――


二人は、乗り越えることができるのか。


そして――


嫌われた勇者は、本当の英雄になれるのか。


恐れられた魔族は、本当の幸せを掴めるのか。


その答えは――


これから、紡がれていく。


星空の下、二人の新しい物語が――


今、静かに動き始めた。


一度この物語は完結させていただきます!

ここまでご覧いただきありがとうございました!

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