第1章 禁忌の森④
視界が、はっきりと戻る。
そして――
自分の手のひらに熱を感じる。
《霧牙の魔狼》が再び襲い掛かってきた。
襲われると理解した瞬間、
胸の奥が焼けるように熱くなり、
言葉にならない衝動のまま、手を突き出した。
――光。
――圧縮された魔力の奔流。
自分でも意味はわからない。
けれど、放った感覚だけは、確かにあった。
「……魔法?」
正面を見るとそこには、《ミストファング》の姿はなかった。
肉片も、血痕も、存在していた痕跡すら――まるで最初から“いなかった”かのように。
代わりに残っていたのは、
抉り取られた大地と、焼け焦げた巨木。
「リィナ、怪我は――」
そう言いかけて、言葉が止まる。
彼女は、ゆっくりとこちらを向いた。
表情は硬い。
恐怖でも、安堵でもない。
「……大丈夫」
それだけ。
声は冷静で、感情が抑えられている。
「助かった。
……ありがとう」
礼は、あった。
だが――
そこに、いつもの柔らかさはなかった。
距離を詰めない。
近づかない。
必要以上の言葉を、選ばない。
(……?)
胸の奥が、ざわつく。
守れたはずだ。
間違いなく、救った。
なのに。
「……帰ろう」
リィナが、先に背を向けた。
「父さんのこと、あるし」
その言葉に、アガトは何も返せなかった。
◆
リィナの後ろを追うような形で帰路につく。
禁忌の森は、先ほどまでの殺気が嘘のように静知道だ。
「……さっきの」
アガトは、思い切って声をかけた。
「怖かったよな。
俺――」
「平気」
即答だった。
振り返りもせず、足を止めることもない。
「……もう、大丈夫だから」
それ以上、会話は続かなかった。
拒絶ではない。
だが、受け入れてもいない。
知っている幼馴染の距離より、
ほんの一歩――確実に遠い。
(……機嫌悪い?)
あの時の問いが、脳裏をよぎる。
――何があろうとも、守り続けられるか。
守った。
それなのに。
村へ戻ってから
アガトは悟った。
力を得た瞬間から、何かはすでに失われ始めている。
それが何なのか、
なぜなのか――
まだ、誰も教えてくれない。




