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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: おでこ
第5章 蠕蛇の迷宮編

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第5章 蠕蛇の迷宮編⑭


死が、目の前にあった。


《原初喰らいの蛇王》の牙が、ゆっくりと迫ってくる。

巨大な影が、倒れたアガトを覆い尽くす。


逃げる気力も、戦う意志も、もう何も残っていなかった。


(……ああ、これで)


終わるのだと、そう思った。


拒絶され、見捨てられ、嘲笑われた。

守るべきものも、帰る場所も、何もかもが消えた。


ならば――


もう、終わってもいい。


そう、思った。



――だが。


意識が途切れる寸前、胸の奥で何かが蠢いた。


遠い記憶。


暖かな灯り。母の声。膝の上で聞いた、古い物語。


『……ずっと昔のお話』

『ある日――1人の英雄が現れたの』


幼い日に聞いた、英雄譚。


名も残らず、報われずとも、ただ人々を守るために戦った英雄の話。


『その英雄は王でも貴族でもなかった』

『ただ、人々を守りたいと願った一人の人間だった』


母の声が、遠く響く。


『誰かを救えたなら、それでよかった』


その言葉が、胸の奥を打った。


(……俺は)


アガトの指が、わずかに動く。


(俺は――英雄に、なりたかった)


誰にも認められなくても。

誰にも求められなくても。

それでも――


守りたかった。

救いたかった。

英雄でありたかった。


「……まだ」


かすれた声が、喉から漏れる。


「……まだ、だ」


拳が、地面を掴む。


死にたくない。

諦めたくない。


――生きたい。


心の奥底から、生への渇望が湧き上がる。


「……俺は、まだ……」


全身の力を振り絞り、アガトは立ち上がった。


膝は震え、視界は霞み、身体は限界を超えていた。


それでも――立つ。


「――生きる……!」


叫びと共に、何かが弾けた。


身体の奥底から、力が溢れ出す。それは魔力でも、スキルでもない。

ただ純粋な、生への執着。諦めを拒絶する意志。


アガトの瞳が、光を取り戻し、

深紅のオーラがアガトを包み込んでいる。



《原初喰らいの蛇王》が、咆哮を上げる。


だが、アガトは動じなかった。


(……待てよ)


冷静さが、戻ってくる。


準備期間中、資料で読んだ内容が脳裏をよぎる。


蛇王の記録。

過去の撤退報告。

生き残った者の証言。


記録に"核"の記載がどこにも記されていなかったこと。


それはつまり――


「……核が、別にあるのか」


アガトは、迷宮全体を見渡す。


蛇王の巨体。迷宮の構造。そして、妙に硬い壁。


(この迷宮自体が――蛇王の一部?)


ならば。


「――壊せばいい」


アガトは剣を拾い上げ、構える。


もう迷いはなかった。


「《斬閃・神速剣舞ヴェロキタス・ファルクス》!!」


剣が閃き、壁を斬り裂く。

一撃、二撃、三撃――連続で叩き込む。


壁が崩れ、迷宮の奥が露わになる。


蛇王が激しく暴れ始めた。


(……図星か)


さらに剣を振るう。迷宮の柱を断ち、天井を崩し、構造そのものを破壊していく。



そして――


「――あった」


迷宮の最奥、崩れた岩壁の向こうに、それはあった。


巨大な水晶のような"核"。

淡く光を放ち、脈動している。


《原初喰らいの蛇王》が、咆哮と共にアガトへ突進する。


核を守るために。


だが――「遅い」


アガトは、核へ向かって駆けた。


蛇王が立ちはだかる。

巨大な尾が、アガトを薙ぎ払おうとする。


「――《瞬刃・光速閃インスタント・ルミナス》!」


光の軌跡を描き、アガトは躱す。


そして――


剣を、限界まで引き絞る。


全ての力を、この一撃に込める。


「《斬神剣・絶対断裂ディヴァイン・セヴァランス》――!!」


剣が、光を纏う。


蛇王の巨体ごと、核を両断する軌跡。


空間を裂くような斬撃が、全てを切り裂いた。



静寂が、落ちた。


《原初喰らいの蛇王》の巨体が、ゆっくりと崩れていく。核は真っ二つに割れ、光を失っていく。


やがて、蛇王は完全に動かなくなった。


「……勝った、のか」


アガトは、その場に膝をついた。


全身から力が抜け、剣が手から零れ落ちる。


だが――生きていた。

ボロボロで、傷だらけで、誰にも守られず――それでも、勝った。


たった一人で、立ち続けた。


その時だった。


蛇王の亡骸から、光が溢れ出す。


それは形を成し、やがて一振りの剣となった。


漆黒の刀身に、蒼白い光の文様が走る美しい剣。

柄には蛇を模した装飾が施され、神秘的な輝きを放っている。


「……これは」


アガトは、その剣を手に取った。



《蛇王剣・深淵のサーペント・アビス



名が、脳裏に流れ込む。


迷宮を攻略した者への、報酬。


「……受け取れってことか」


アガトは剣を腰に差し、ゆっくりと立ち上がる。


その瞬間――

迷宮全体が、崩れ始めた。


核を失った迷宮は、もう維持できない。

壁が砕け、天井が落ち、全てが瓦礫へと変わっていく。


「――まずい……!」


アガトは走り出す。


出口を探すが、もう通路は崩壊している。


(……転移魔法陣は――)


視界の端に、わずかに光る魔法陣の痕跡。


シエラが使った転移陣が、まだ残っていた。


「――頼む……!」


アガトは魔法陣へ飛び込む。


光が、全身を包み込んだ。



次の瞬間――


アガトは、見知らぬ場所に立っていた。


深い森。


木々が生い茂り、鳥のさえずりが聞こえる。陽の光が葉の隙間から降り注ぎ、空気は澄んでいた。


「……ここは」


迷宮ではない。

王都でもない。


まったく見覚えのない、森の中。


転移魔法陣が、地盤の影響で予期しない場所へ飛ばしたのだろう。


アガトは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


全身は傷だらけ。

服はボロボロ。

仲間もいない。


帰る場所も、分からない。


だが――


「……生きてる」


それだけは、確かだった。


拒絶され、裏切られ、それでも諦めなかった。


一人で立ち、一人で戦い、一人で勝った。


胸の奥に、何かが芽生える。


それは孤独でもあり、自由でもあった。


「……英雄、か」


小さく呟く。


誰にも認められない英雄。

誰にも選ばれない英雄。


それでも――


アガトは、まだ折れていなかった。


《蛇王剣・深淵のサーペント・アビス》を腰に差し、アガトは森の奥へと足を引きずりながら歩き出す。


行く先は、分からない。

待つものも、見えない。


それでも――


「……まだ、やれる」


たった一人で。


嫌われた勇者は、再び歩き始めた。


誰も知らない森の中で、新たな物語が始まろうとしていた。



――第5章 蠕蛇の迷宮編 完――


絶望の淵から復活したアガト。

深手を負った状態で見知らぬ森へ転移されたが、無事に生き抜くことはできるのか?

油断できない状況が続きます。次回、メインの人物が登場します。お楽しみに!


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