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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: おでこ
第5章 蠕蛇の迷宮編

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第5章 蠕蛇の迷宮編⑬

シエラがようやく手に入れた感情がこのような事態を招くとは……

次回で第5章が完結です!どのような結末になるのかお楽しみに!


よろしければブックマークの登録/評価よろしくお願いします!!


シエラは、静かに語り始める。


「……ねえ、アガト」


シエラの声は、

あまりにも穏やかで、優しささえ感じさせるような――だからこそ、底知れない恐怖を孕んでいた。


「ずっと、不思議だったの」


アガトは、その声に何かを感じ取る。背筋に、冷たいものが走った。


「私、感情がないでしょう?」

「喜怒哀楽なんて、ほとんど忘れちゃった」


シエラは、ゆっくりとアガトへ近づく。


「でもね――あなたと一緒にいると」

「……胸の奥が、ざわつくの」


その瞳は、笑っていなかった。


「最初は、何だか分からなかった」

「あなたを治療する度に、湧き上がる"何か"」

「守る度に、滲み出る"何か"」


アガトの呼吸が、止まる。


「……団長……?」


「ようやく、理解できたわ」


シエラの唇が、歪んだ。


それは――笑顔だった。

だが、人間が浮かべるべき笑みではなかった。


「これが、"嫌悪"というものなのね」



「ずっと疑問だったの」


シエラは、壊れた人形のように語り続ける。


「なんで、あなただけ」

「なんで、あなたにだけ」

「私の魔力を、時間を、命さえも削って――」


杖を握る手が、震える。


「治療して、守って、支えて」

「それなのに、あなたは何も変わらない」


声が、低く沈む。


「何度倒れても、また立ち上がる」

「何度傷ついても、また前に出る」

「どれだけ私が魔力を注いでも――あなたは、また傷つく」


シエラの目が、狂気に染まっていく。


「……ねえ、分かる?」

「私がどれだけ、あなたのために魔力を使ったか」

「どれだけ、命を削ったか」


「――全部、無駄だったのよ」


吐き捨てるような声。


アガトは、声が出なかった。

ただ、その言葉を受け止めることしかできない。


「あなたは"嫌われる"のでしょう?」

「だから、私も――あなたが嫌いになった」


シエラは、笑う。


「……ああ、そうか」

「これが"憎悪"というものなのね」


「素晴らしいわ、アガト」

「あなたのおかげで、私は久々に――」

「――人を憎むという感情を、知ることができた」



「感謝しなくちゃいけないわね」


シエラの声が、皮肉に満ちていく。


「あなたがいたから」

「私は、こんなにも醜い感情を持てた」


「ねえ、覚えてる?」

「あなたは私に、いろいろと話してくれたわよね」


シエラは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「"ただ……嫌われていきました"って」(※第5章 蠕蛇の迷宮編⑤)


「……ああ、本当に」

「その通りになったわね」


アガトの胸が、締め付けられる。


「幼馴染の大切な子も、こういう感情だったのかしら……」


「――気持ち悪い」


シエラの声は、冷たく突き刺さる。


「あなたと一緒にいた時間」

「全部、苦痛だった」


シエラは、言葉を辞めない。


「あなたを話す度に、嫌悪が募った」

「あなたを治療する度に、憎しみが湧いた」

「あなたが倒れる度に――ああ、もう消えてくれないかって」


「……そう、思ってた」


その言葉は、何よりも残酷だった。


「あなたは、勇者なのよね?」

「選ばれた存在なのよね?」


シエラは、嘲笑う。


「でも、誰もあなたを必要としていない」

「誰もあなたを求めていない」

「――私も、あなたなんて」


「使えると思って、周りの意見押し通して"清廉の騎士団"に入団させたけど」



「……いらなかった」




アガトは、何も言えなかった。


胸の奥で、何かが音を立てて砕け散る。


(……ああ)


信じていたものが、崩れていく。


守られていると思っていた。

支えられていると信じていた。


だが――全部、違った。


「ねえ、アガト」


シエラは、転移陣の中心へ歩き出す。


「あなた、"期待"してたでしょう?」


振り返ることなく、告げる。


「私が助けてくれるって」

「最後まで一緒にいてくれるって」

「――守ってくれるって」


シエラの肩が、小刻みに震える。


それは、笑いだった。


「……馬鹿みたい」


「私は、あなたが嫌い」

「心の底から、嫌悪してる」

「存在そのものが、不快なの」


転移陣が、輝き始める。


「だから――」


シエラは、初めて振り返った。


その顔は、狂気に歪んでいた。

笑顔なのか、泣いているのか、もう分からない表情。


「――さようなら、アガト」


「あなたが、いなくなればいいと」

「……本気で、思ってるわ」


最後の言葉が、アガトの心を完全に砕いた。


光が、シエラを包む。


「ありがとう」

「嫌悪と憎悪を、教えてくれて」


皮肉に満ちた、最後の感謝。


そして――シエラは、消えた。



静寂が、落ちた。


戦場に残されたのは、《原初喰らいの蛇王》と、たった一人の人間だけ。


アガトは、その場に崩れ落ちた。


剣を握る力も、もうない。

立ち上がる気力も、消えていた。


(……助けて、くれないんだ)


当たり前のことだった。

理解していたはずだった。


それなのに――


(……最後まで、期待してた)


信じていた。

きっと、助けてくれると。

最後は、一緒に帰れると。


――全部、幻想だった。


「……はは」


笑いが、零れた。


自嘲。絶望。虚無。


守るものは、もうない。

信じるものも、ない。

帰る場所さえ、ない。


(……なんで)


胸の奥が、空っぽになっていく。


(なんで、俺は――)


氷結が、完全に崩れた。


《原初喰らいの蛇王》が、ゆっくりと動き出す。


巨大な影が、アガトを覆い尽くす。


逃げ場はない。

助けも来ない。


完全な、孤立。


アガトは、ただ座り込んだまま――前さえ、見なかった。


もう、戦う理由がなかった。

生きる意味も、分からなかった。


(……ああ)


心が、折れていく。


守りたかったものに、拒絶され。

信じていたものに、裏切られ。

期待していたものに、嘲笑われた。


全てが、終わった。


蛇王が、牙を剥く。


アガトは――

もう、動かなかった。


生きる気力が、完全に失われていた。


絶望の中で、ただ一人。


嫌われた勇者は――終わりを、待っていた。

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