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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: おでこ
第5章 蠕蛇の迷宮編

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第5章 蠕蛇の迷宮編⑪


誰もが限界を迎えていた。


息は浅く、視界は霞み、毒が血の奥まで回っているのが、はっきりと分かる。膝をつく者、壁に寄りかかる者、それでも武器を握り締めたまま呼吸を整えようとする者。戦場は疲弊し、絶望の色に染まりつつあった。


それでも――一人だけ、前に立つ者がいた。


「……まだ、やれる」


アガトは、剣を地面に突き立て、身体を支えながら立ち上がる。膝は震え、指先の感覚も薄れていたが、その瞳だけは、折れていなかった。


「また……あいつだけ立ち向かうのか……」


マルクスの声が背後から聞こえる。呆れるでもなく、ただ静かに事実を告げるような声だった。だが、アガトは振り返らない。


《原初喰らいの蛇王(アウルム=ナグア)》が、ゆっくりと鎌首をもたげ、アガトを見下ろす。



――睨み合い。



その瞬間、戦場の"空気"が変わった。


蛇王の視線が、明確に――アガトだけを捉える。他の団員には目もくれず、ただ一人の人間だけを見据える。その眼光には、獲物を見定めた獣の執着が宿っていた。


「……標的、固定されたわね」


シエラが、静かに告げる。


蛇王は執拗に、何度も、アガトへと噛みつき、叩きつける。アガトは避け、弾き、斬り返す。一撃一撃が重く、命を削り合うような攻防。


――だが、今だけは。確かに、互角だった。



「前衛、全員下がって!」


シエラの声が鋭く響く。


「回復対象を……アガト一人に集中する!」


前衛たちは一瞬躊躇い、しかしその決断が"最善"であることを理解し、後退する。本来なら、ありえない選択。それは、仲間を切り捨てる行為に等しい。それでも――それが、最も生存率の高い選択だった。


シエラは、アガトから目を離さない。治癒、解毒、強化――ありったけの魔力を、ただ一人に注ぎ込む。


「《聖域治癒・白環サンクトゥム・レメディ》!」


光の魔力が、アガトの身体を包む。毒に侵された血が浄化され、裂けた傷が塞がっていく。


だが、すぐにまた――蛇王の牙が、アガトを襲う。


「《聖域治癒・白環サンクトゥム・レメディ》!」

再び、同じ呪文。


アガトが斬りつけ、回避し、また傷を負う。血が滲む。骨が軋む。その度に、シエラは魔法を放つ。



何度も、何度も。



シエラは、アガトから離れなかった。


嫌われる代償。人から距離を置かれる呪い。それを"無視して"接触し続けてきたツケが、今、静かに、確実に、牙を剥き始める。


胸の奥に、黒い感情が滲む。


(……なんで)


治癒魔法を放つたびに、身体の奥が空洞になっていく感覚。魔力ではない。もっと深い何かが、削れていく。


(なんで、こんな目に……)


アガトを治しているはずなのに、胸に湧き上がるのは、憎悪。嫌悪。苛立ち。


――あるはずのない感情。


「……守ってるのに」


シエラの唇が、微かに歪む。


魔力は流れている。治癒も、正常に発動している。それなのに、感情だけが、歪んでいく。



視界の端が、わずかに揺れた。

立っているだけで、膝が沈みそうになる。だがシエラは、唇を噛みしめて踏みとどまる。


(……まだ……まだ、判断できる)


そう言い聞かせる。


だが、自分でも分かる。身体の奥底で、何かが音を立てて崩れていくのが。契約の代償を無視し続けることで、本来払うべきだった"対価"が、別の形で蓄積されているのが。


それでも、止められない。


アガトが倒れれば、全員が終わる。だから――止められない。



「《聖域治癒・白環サンクトゥム・レメディ》!」



繰り返される呪文。その度に、シエラの魔力だけでなく、精神そのものが削られていく。


アガトの動きが、鈍る。


毒が、ついに致死域へ達していた。


「……くっ……」


剣を振るう腕が、重い。息を吸うだけで、肺が焼けるように痛む。それでも、アガトは前に出た。


――もう、手は尽くした。技も、策も、切り札もない。それでも、立つ。


《原初喰らいの蛇王》が、巨大な尾を振り抜く。


回避は、間に合わなかった。



鈍い衝撃。


身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。アガトの視界が、白く弾けた。剣が、手から零れ落ちる。


「……アガト!!」


マルクスの声が、遠い。


身体が動かない。立ち上がろうとしても、力が入らない。


――本当に、もう何も残っていなかった。


《原初喰らいの蛇王》が、ゆっくりと近づいてくる。巨大な影が、倒れたアガトを覆い尽くす。


絶望の淵で、それでも最後まで立っていた者は――ついに、倒れた。



シエラは、その光景を見つめていた。


魔力を注ぎ続けた手は震え、呼吸は浅く、視界は霞んでいる。胸の奥に渦巻く黒い感情は、もはや抑えきれないほどに膨れ上がっていた。


(……あなたのせいで)


治癒魔法を放つたびに、芽生えるなにか。




それは、――「嫌悪」「憎しみ」を越し「憎悪」となっていた。


本来なら決して抱くはずのなかった、歪んだ感情。




戦場において、希望と呼べるものは、何一つ残っていなかった。

とんでもなく絶望的状況!

蛇王(アウルム=ナグア)に勝つことはできるのか?

次回もお楽しみに!よろしければブックマークの登録/評価よろしくお願いします!

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