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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: おでこ
第5章 蠕蛇の迷宮編

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第5章 蠕蛇の迷宮編⑨


最下層は、巨大な空洞だった。


天井は見えず、壁一面に刻まれた紋様は、もはや蛇の痕跡ですらない。


迷宮そのものが――

ここを「王の座」と定めている。


魔力が、うねる。


空気が、重い。


アガトは、剣を握る手に力を込めた。


(……ここが、最後の戦場)


心臓が、高鳴る。


現れたのは、黄金。


幾重にも重なる鱗。

異様に太い胴体。

蛇でありながら、人の腕を思わせる異形の部位が複数伸びている。


頭部は蛇。

だが、その瞳には、はっきりとした知性が宿っていた。


『――来たか』


声ではない。

空間そのものが、意思を帯びる。


誰かが、息をのむ。


「《原初喰らいの蛇王(アウルム=ナグア)》……!」


圧が、跳ね上がる。


だが。


シエラは、動じなかった。


その目には――

静かな復讐の炎だけが、宿っている。


「前衛、展開」


「後衛――連携詠唱、開始」


その一声で、全員が動く。



戦闘は、完全に――

シエラの掌の上で進んでいた。


前衛が散開し、蛇王の注意を引きつける。


《アウルム=ナグア》が動くたび、床が隆起し、壁が砕ける。


一撃一撃が、致命。


「くっ……!」


前衛の一人が、尾の一撃を受けて吹き飛ばされる。


だが――


「治癒!」


シエラの魔法が即座に飛び、

傷が塞がる。


「左から来ます!」

「下がりすぎないで!」

「回復間に合わせます」


シエラの指示が、寸分狂わない。


前衛は倒れない。

倒れかけても、即座に立て直される。


(……すごい)


アガトは、蛇王の攻撃を避けながら思う。


(……団長の指示が、完璧だ)


誰がどこで倒れそうか。

誰に回復が必要か。

次の攻撃がどこから来るか。


すべてを、把握している。


「アガト、右へ!」


シエラの声に、反射的に右へ跳ぶ。


次の瞬間、

さっきまでいた場所を、蛇王の牙が貫いた。


「……っ、ありがとうございます!」


「集中して!」


短い返答。


だが、その声には――

確かな信頼があった。


(……俺を、信じてくれている)


アガトは、剣を構え直す。


(……なら、応えなきゃ)


嫌われていても、

疎外されていても、


今は――


戦うことができる。


守ることができる。


それだけで、十分だった。



その間に。


後衛では、複数の魔法陣が展開されていた。


重なり合う紋様。

束ねられていく魔力。


空間そのものが、軋み始める。


「……詠唱、五割突破」


後衛の一人が、報告する。


「魔力圧、上昇中!」


「継続して!」


シエラが、即座に返す。


前衛の戦いは、続く。


蛇王の攻撃は、容赦ない。


だが――


マルクスが、氷の刃で牽制する。


アガトが、継ぎ目を狙って斬り込む。


その時――


蛇王の口から、紫色の霧が噴き出した。


「毒霧や! 下がれ!」


マルクスの叫びが響く。


だが――


間に合わない。


霧が、前衛を包み込む。


「ぐっ……!」


騎士たちが、次々と膝をつく。


アガトも、霧を吸い込んでしまった。


(……っ、これは)


視界が、揺れる。


呼吸が、苦しい。


身体中に、激痛が走る。


「解毒!」


シエラの声が響き、

光が前衛を包む。


だが――


「団長、効いてません!」


「毒が、強すぎる……!」


騎士たちの顔色が、みるみる悪くなる。


「くそ……!」


マルクスが、歯を食いしばる。


「このままじゃ、全滅するで!」

「……解毒!」


シエラが、連続で治癒魔法を放つ。


光が、何度も前衛を包む。


だが――


毒の進行は、なかなか止まらない。


アガトは、必死に剣を握る。


(……ダメだ)


(……身体が、動かない)


力が、抜けていく。


「詠唱、七割突破!」


後衛の声が、遠くに聞こえる。


(……あと、少し)


(……耐えなきゃ)


アガトは、歯を食いしばる。


だが――


蛇王の尾が、横薙ぎに振るわれる。


「下がれ!」


マルクスの声に、全員が後退する。


だが、毒に侵された身体は、

思うように動かない。


「ぐあっ……!」


騎士の一人が、尾の直撃を受けて吹き飛ぶ。


壁に叩きつけられ、

動かなくなる。


「《聖域治癒・白環サンクトゥム・レメディ》!」


シエラの魔法が、次々と飛ぶ。


だが――


限界が、近い。


「団長……もう……」


「諦めないで!」


シエラの声が、響く。


「あと少しで、詠唱が完了します!」


「それまで、耐えて!」


その声に、

アガトは必死に立ち上がる。


(……そうだ)


(……まだ、終わってない)


毒が身体を蝕んでも、

痛みが走っても、


(……俺は、守る)


剣を握り直す。


床が砕け、

破片が飛び散る。


シエラの魔法が、負傷者を癒す。


毒も、少しずつ――

解毒されていく。


(……団長が、守ってくれている)


(……なら、俺も)


アガトは、蛇王の前に立つ。


「詠唱、九割突破!」

「魔力圧、許容範囲ギリギリです!」


報告を受け、シエラは一瞬だけ目を閉じた。


そして。


「――前衛、全員退避!」


その声は、戦場を切り裂いた。


「指定位置まで下がって!」


前衛が、一斉に距離を取る。


アガトも、仲間の背を押しながら後退する。


(……来る)


直後。


《アウルム=ナグア》が、異変を察知した。


巨体がうねり、黄金の鱗が軋む。


妨害するように、広範囲へ魔力の波動を放つ。


「……間に合うか――」


「問題ありません」


後衛の声が、重なる。


「詠唱、完了」


シエラは、ゆっくりと腕を上げた。


魔力が、天井へと集束する。


いや――

天井の向こうへ。


「――全員、耳を塞ぎなさい」


静かな宣告。


アガトは、耳を塞ぐ。


次の瞬間。


後衛全員が、声を揃える。


「――《天罰降臨・星落アストラ・ジャッジメント》!!」


世界が、白に染まった。


天より落ちるのは、光ではない。


星そのものだ。


圧縮された膨大な魔力が、柱となって《アウルム=ナグア》を貫く。


続けて――


爆砕。


凍結、破壊、衝撃が連鎖し、再生の余地を与えない。


黄金の鱗が砕け、巨体が内側から崩壊していく。


轟音。


いや――

迷宮が、悲鳴を上げる音。


アガトは、その光景を見つめていた。


(……これが)


(……清廉の騎士団の力)


圧倒的な、破壊。


蛇王が、崩れ落ちていく。



やがて。


光が、消えた。


そこにあったのは――

崩れ落ちる巨大な影。


《アウルム=ナグア》が、灰になり消えていく。


動かない。


魔力反応――消失。


再生の兆候も、ない。


シエラは慎重に一歩踏み出し、迷宮全体を見渡す。


異常、なし。


「……討伐、成功です」


その一言で。


張り詰めていた緊張が、一気に解けた。


安堵の息。

膝をつく者。

互いの無事を確かめ合う声。


「やった……!」

「本当に、倒した……!」


騎士たちの声が、響く。


アガトも、剣を下ろした。


(……勝った)


(……守り切った)


胸の奥が、熱くなる。


嫌われていても、

疎外されていても、


今は――


同じ勝利を分かち合っている。


それが、嬉しかった。


作戦は、完璧だった。


判断。

連携。

火力。


すべてが、噛み合った。


誰もが――

この時は、疑わなかった。


蠕蛇王は、確かに倒れたのだと。


シエラは、蛇王の亡骸を見つめている。


その目には――


静かな、満足が宿っていた。



まだ、知らない。


この勝利が――


どれほど儚いものか。


そして――


本当の絶望が、

これから始まることを。


まだ、知らなかった。

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