第5章 蠕蛇の迷宮編⑧
「まずは、作戦を確認しましょう」
シエラの声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
全員が歩みを止め、円を作る。
アガトも、無言でその中に加わった。
(……決戦、か)
胸の奥は、まだ整理しきれていない。
嫌われているという事実。
シエラに向けてしまう、複雑な想い。
そして、マルクスへの拭いきれない疑念。
すべてが、渦のように絡み合っている。
それでも――
(……それでも)
アガトは、静かに拳を握った。
(……俺は、守る)
嫌われていようが、
疎外されていようが、
それだけは、変えられない。
人を守ること。
それが、今の自分の――存在意義だ。
(……団長や副団長が、必要としてくれる限り)
(……俺は、ここにいる)
理由が何であれ、
今は、それでよかった。
◆
「基本方針は――前回の超大型魔族戦と、同じです」
シエラの言葉に、何人かが小さく頷く。
あの戦い。
圧倒的な力を持つ魔族に対し、
連携と火力で挑んだ。
「ただし」
その一言で、空気が引き締まる。
「前回は、失敗しました」
誰も、否定しない。
「連携詠唱は成立しましたが、
精度も、威力も、足りなかった」
「決定打には、ならなかった」
事実だった。
「だからこそ――
私たちは、そこから修正を重ねてきました」
シエラの視線が、後衛へ向く。
「詠唱構文の再設計」
「魔力配分の最適化」
「着弾誤差の修正」
「すべて、前回の失敗を前提にしています」
後衛の騎士たちが、静かに頷いた。
「精度も、威力も――
前回とは、比べものになりません」
そして、決定的な違い。
「さらに今回は――
蛇王は、爆破無効ではありません」
その言葉に、場の空気が変わる。
「必ず、攻撃は通ります」
断言だった。
「前衛は、時間稼ぎと拘束」
「中衛――私が、回復と戦況管理」
「後衛は、連携詠唱による超大型魔法」
「一撃で――
跡形もなく消し飛ばします」
◆
「前衛の役割は、三分や」
マルクスが、口を開く。
「後衛が詠唱を終えるまで、
蛇王の動きを止め続ける」
「倒そうとするな」
「生き残ることを最優先にせえ」
前衛の騎士たちが、力強く頷く。
「蛇王は、異常な再生能力を持っています」
シエラが続ける。
「何度斬っても、焼いても、
すぐに元に戻る」
「だから――
倒す必要はありません」
「止めるだけで、いい」
(……止める)
アガトは、胸の中で反芻する。
倒すのではなく、止める。
(……それなら、できる)
自分の役割は、はっきりしていた。
◆
「あと~、1点だけ共有しとく」
マルクスが、肩をすくめる。
「さっき使った《氷結解放・絶対零度》は、
もう使えへん」
「二発目は、無理や」
空間ごと凍らせる代償は、重い。
「次に無理したら、
どうなるかは……分からん」
冗談めいた口調だが、誰も笑わない。
「せやから今回は――
この作戦一本や」
切り札は、もうない。
あるのは――
積み重ねてきた連携と、火力だけ。
「……それで、十分です」
シエラが、静かに言った。
◆
短い休憩が、与えられた。
最下層へ向かう前、最後の調整。
後衛の騎士たちは、その場に腰を下ろす。
詠唱は、この段階では行わない。
対象が存在しない状態での詠唱は、
精度を著しく欠く。
それは、全員が理解していた。
今やるべきことは――
「魔力を、限界まで引き上げる」
後衛たちは、呼吸を整え、
体内の魔力循環を加速させる。
魔力炉が、軋む。
額に、汗が滲む。
「ここで、溜め切る」
「突入した瞬間から、
詠唱に入れるように」
「それでも――
三分は、かかる」
マルクスの言葉が、現実を突きつける。
削れない時間。
「だからこそ」
シエラが、静かに告げる。
「前衛が、止める」
「私が、繋ぐ」
「そして――
溜めたすべてを、ぶつける」
後衛の魔力は、
今この瞬間、極限まで高められていた。
あとは――
撃つだけだ。
◆
「……質問はありますか」
シエラの問いに、誰も答えない。
やるべきことは、決まっている。
「では――」
「決戦になります」
「全員、生きて帰るために」
「それだけを、忘れないでください」
頷きが、連なる。
アガトも、静かに頷いた。
(……生きて、帰る)
(……守り抜く)
それだけで、十分だった。
◆
準備が終わり、全員が立ち上がる。
「……行くで」
マルクスの声。
シエラが、先頭に立つ。
「迷宮の奥へ――進みます」
階段を降りる。
一歩、また一歩。
やがて、巨大な扉が姿を現す。
蛇の紋様が刻まれた、禍々しい扉。
「……あれが」
「最下層への、入口です」
シエラが、扉に手をかける。
重い音と共に、扉が開いた。
その先――
広大な空間。
そして、中央に鎮座する存在。
《原初喰らいの蛇王》。
圧倒的な存在感に、誰もが息をのむ。
シエラが、一歩前へ出る。
その瞳には――
静かな、復讐の炎。
「……始めましょう」
冷静な声。
これは――
ただの討伐ではない。
復讐が、今。
本当に、始まろうとしていた。




