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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: 善屋
第5章 蠕蛇の迷宮編

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第5章 蠕蛇の迷宮編④

六階層を突破してから、清廉の騎士団は七階層へと足を踏み入れた。


通路はさらに狭まり、天井は低く、湿った空気には毒の気配が濃く混じる。


「……前衛、間隔を詰めすぎるな」


マルクスの指示が飛ぶ。


「毒霧が出た瞬間、後退できるようにしとけ」


「了解」


全員が、言葉少なに応じる。


もはや余計な会話はない。

呼吸を整え、魔力を温存し、ただ前へ進む。



七階層に現れる魔物は、六階層とは明らかに格が違った。


蠕蛇系魔物の群れは減った。

だが代わりに現れるのは、一撃で致命傷になりかねない個体ばかりだった。


最初の魔物は、壁から突然現れた。


擬態していたのだ。


「――ッ!」


前衛の一人が、牙を避けきれず肩を噛まれる。


「後退!」


シエラの声が響く。


「《聖域治癒・白環サンクトゥム・レメディ》!」


光が傷を包み込む。


だが――毒が、残る。


「解毒薬!」


即座に薬が投与され、毒の進行が止まる。


だが、戦闘は続く。


魔物は執拗に追いかけ、牙を剥き、尾を振り回す。


「拘束!」


マルクスの氷が、魔物の動きを封じる。


「今や!」


前衛が一斉に斬りかかり、ようやく一体を仕留める。



二体目。

三体目。


次々と現れる魔物に、全員が確実に削られていく。


致命傷こそない。

それでも疲労と毒は、静かに、確実に蓄積していく。


「……っ」


アガトも、息が上がり始めていた。


魔力の消費が、想定以上に早い。


(……このペースで、最下層まで持つのか)


不安が、頭をよぎる。


だが――


「アガト、無理するな」


マルクスの声が、背中を押す。


「お前が倒れたら、後衛の負担が増える。ペース配分を考えろ」


「……はい」


その言葉に、アガトは呼吸を整え直す。


(……焦るな)


一人で抱え込む必要はない。

ここには、仲間がいる。



七階層の最奥に辿り着いた時、全員の顔には疲労の色が濃く出ていた。


「……七階層、突破」


誰かの声が、かすれて響く。


「よう耐えたな」


マルクスが、肩を叩く。


「次は……休息地や」


その言葉に、わずかな安堵が広がる。


そして――


石段を下りた、その先。


迷宮の中では異質な空間が、広がっていた。


人工的に削られた床。

壁面に埋め込まれた、魔法灯の残骸。

円形に配置された、古い結界杭。


「……休息地、ですね」


シエラが静かに言う。


「以前、この迷宮に挑んだ冒険者たちが作ったものです」


命をつなぐために。

そして――戻れなかった者たちの、痕跡。


清廉の騎士団は、ここで一泊する判断を下した。



簡易結界が再構築され、見張りが配置される。

治療と装備の点検が進む中、アガトは壁際で、黙々と剣の刃を整えていた。


「……アガト」


顔を上げると、シエラが一人、そこに立っていた。


「少し、話せますか」


「……はい。大丈夫です」


二人は、休息地の端へと移動する。

他の団員は、こちらを見ない。

いつも通りの距離だった。


シエラは、しばらく何も言わず、削られた岩壁を見つめていた。


「……ここは、私にとって特別な場所です」


その声は、いつもより低い。

アガトは、黙って耳を傾ける。


「まず、何から話せばいいでしょう……」

「清廉の騎士団を作ったのは……私ではありません」


わずかに、間が開く。


「私の……恋人でした」

「名を、"カイン"といいます」


シエラは、壁に手を触れた。


まるで、そこに誰かの温もりを探すように。


「彼は……理想を語る人でした」


「騎士は、誰かの盾であるべきだと」

「名もなき人を守れる組織を、作りたいと」


「正義感が強く、優しく……誰よりも、人を信じていました」


その言葉には、記憶が宿っている。


だが――感情は、ない。


「そして……彼は、この迷宮を放置できなかった」


シエラは、ゆっくりと続ける。


「周辺の森が枯れ、村が脅かされている」

「迷宮が魔力を吸収し続け、蛇王が力を蓄えている」


「それを知った彼は……

いつか手遅れになる前に、今倒さなければと」


「……そう、決意しました」


一拍、間が落ちる。


「この迷宮は……彼が選んだ、討伐対象です」


「最下層で――」

「ダンジョンボス、《|原初喰らいの蛇王(アウルム=ナグア)》に……殺されました」


声色は淡々としている。

怒りも、悲しみも、そこにはない。


アガトは、何も言えなかった。


ただ、静かに聞いていた。


「私は……一緒に死ぬつもりでした」


その言葉もまた、静かだった。


「逃げる理由も、生き残る理由も……ありませんでしたから」


わずかに、視線が揺れる。


「でも……」

「彼を殺された恨みだけは、どうしても、消えなかった」


「その感情が溢れたとき……スキル契約を、果たしました」


膨大な魔力。

異常な治癒能力。


「気づいたときには……私は、生きていました」


シエラは、そこで言葉を切る。

「――ですが」


「団員は……全滅していました」

「治癒も、届かないほどに……」


アガトの喉が、静かに鳴る。


想像を絶する、光景。

たった一人、生き残った絶望。


「私は、彼の遺した騎士団を継ぎました」


「……彼の意志を、無駄にしないために」

「周辺の人々を守るという、彼の理想を実現するために」

「そして……二度と、同じ負け方をしないために」


シエラは、ゆっくりと振り返る。


「だから……今度こそ、勝ちます」

「蛇王を倒し、迷宮の脅威を取り除く」

「それが……カインの望んだことであり」


「私の、目的です」


そこまで言って、シエラは少しだけ表情を緩めた。


「……話してしまいましたね」


「いえ……聞かせていただいて、ありがとうございます」

アガトは、静かに答える。


「団長の……想いが、少しわかった気がします」

「カインさんは……本当に、立派な方だったんですね」


「ええ」

シエラは、小さく頷く。


「彼は……誰よりも、正しい人でした」

「人々を守りたいと、心から願っていた」

「……私も、そうありたいと思っています」


その言葉には、わずかな空虚さが混じっていた。


だが、アガトはそれに気づかなかった。


しばらく、沈黙が続く。


そして――


シエラが、静かな声で続けた。


「次は、あなたの番です」


アガトの表情が、わずかに強張る。


「……アガト」


シエラは、真っ直ぐに彼を見た。

一拍、間を置く。



「あなたの背負う契約の代償について――聞かせてもらえますか」



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