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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: 善屋
第5章 蠕蛇の迷宮編

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第5章 蠕蛇の迷宮編①

王都を発ってから三日。


清廉の騎士団は、蠕蛇の迷宮ぜんだのめいきゅうへと辿り着いた。


だが――その周囲の光景は、異様だった。


「……これは」


アガトは、言葉を失った。


迷宮を中心に、半径数キロにわたって、木々が枯れ果てている。


かつては緑豊かだったであろう森は、今や灰色に変色し、

幹は干からび、葉は一枚も残っていない。


地面もまた、ひび割れ、

草一本生えていない。


まるで――生命そのものが、吸い取られたかのように。


「これが……蠕蛇の迷宮の影響、か」


マルクスが、低く呟いた。



迷宮の入口前で、シエラが全員を集める。


「突入前に、改めて説明します」


その声は、いつも通り冷静だった。


「この迷宮は――ただのダンジョンではありません」


全員が、静かに耳を傾ける。


「迷宮そのものが、魔力を吸収し続けています」


「周辺の土地から、植物から、生物から――

あらゆる生命力を、迷宮が奪い取っている」


シエラは、枯れた木々を指差した。


「見ての通り、被害は拡大し続けています」


「五年前は、この範囲は半分以下でした」

「十年前は、ここまで森が広がっていたと記録にあります」


つまり――


「放置すれば、被害はさらに広がる」


誰かが、息をのむ音が聞こえた。


「最悪の場合……

周辺の村や町にまで、影響が及ぶ可能性があります」


「それを防ぐため」


シエラは、迷宮の石扉を見据えた。


「この迷宮を、攻略しなければならない」


「そして――」


「最下層にいるダンジョンボス、《原初喰らいの蛇王(アウルム=ナグア)》を討伐する」


「蛇王こそが、この迷宮の核です」


「あれを倒さない限り、魔力の吸収は止まりません」


一拍、間を置く。


「そして……蛇王は、吸収した魔力を蓄え続けています」


「時間が経てば経つほど、より強大になる」


「今、倒さなければ――

将来、誰にも倒せない存在になるでしょう」


その言葉に、重い沈黙が落ちた。


アガトは、改めて周囲を見渡す。


枯れた森。

干からびた大地。

失われた生命。


(……これを、放置するわけにはいかない)


胸の奥に、決意が宿る。


「……質問はありますか」


シエラが問いかける。


誰も、口を開かない。


「では――行きましょう」



蠕蛇の迷宮の入口は、あまりにも静かだった。


巨大な石扉には、風化した紋様が刻まれている。

威圧感というより、近いのは拒絶。


――まるで、踏み入る者の覚悟を値踏みしているかのようだった。


アガトは無意識に呼吸を整えた。


背後では、清廉の騎士団が最終確認を行っている。


「回復役は三列目。無理に前へ出ないで」


シエラが、淡々と指示を出す。


「この迷宮は長期戦になる。焦りは、死に直結するわ」


感情の揺れを感じさせない、冷静な声。


アガトはその横顔を見つめ、胸の奥に小さな違和感を覚えていた。


周囲の被害を見て、誰もが緊張している。

恐怖さえ、感じている。


シエラだけは――

急いているように思えた。


「アガト」


名を呼ばれ、振り返る。


マルクスが鎧越しに肩を叩いてきた。

豪放な性格とは裏腹に、その表情は引き締まっている。


「無茶はするなよ。お前、前に出すぎる癖がある」


「……承知しています」


分かっている。

だが、引くつもりはなかった。


この迷宮を"攻略"するため。

そして――シエラさんのために。


自分にできることを、するだけだ。



低く唸るような音とともに、石扉が開いた。


中は薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。


床や壁には、蛇が這ったような溝が無数に走り、

踏み込むたび、不快な感触が足裏を刺激した。


空気が、重い。


まるで――迷宮そのものが、呼吸をしているかのように。


「……魔力が、濃い」


誰かが呟く。


そう、ここは魔力を吸収し続けている場所。


当然、内部には膨大な魔力が満ちている。


「一階層目。索敵を――」


シエラの言葉が終わるより早く、前衛の一人が剣を構える。


「来るぞ!」


影が動いた。


壁の溝から、ぬらりとした肉体が這い出てくる。


蠕蛇系魔物――下位種。


だが、その数が異常に多い。


「前衛、行くで!」


マルクスの号令が飛ぶ。


剣が振るわれるたび、粘液と血が飛び散った。


単体では弱い。


だが絡みつき、足を奪い、精神を削る――

それが、蠕蛇の戦い方だった。



戦闘は数分で終わった。


一階層目にしては拍子抜けするほど、被害は少ない。


だが――。


「……団長」


一人の騎士が、低い声で言った。


「この迷宮、嫌な感じがします」


シエラは一瞬だけ目を伏せ、静かに答える。


「ええ。ここは"恐怖"を、何度も突きつけてくる場所よ」


その言葉を、アガトは噛みしめた。


清廉の騎士団がいれば大丈夫だと、誰もが確信している。

自分自身も、そう信じていた。


「……進みましょう」


発せられた声は、誰よりも強かった。


だが同時に、どこか浮いているようにも感じられた。


アガトは、シエラの背中を見つめる。


(……団長は、何を思っているんだろう)


答えは、まだ見えない。


蠕蛇の迷宮は、まだ口を開いただけにすぎない。


そして――


この迷宮が、どれほどの犠牲を求めるのか。


誰も、まだ知らなかった。

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