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嫌われる勇者 ~報われない英雄譚~  作者: 善屋
第4章 清廉の騎士団

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第4章 清廉の騎士団⑫

第4章 清廉の騎士団⑫


蠕蛇の迷宮(ぜんだのめいきゅう)》攻略は、一か月後と決定された。


猛毒。

超再生。

そして、長期戦を強いられる構造。


どれ一つ取っても、準備を怠れば命を落とす。



その日から、清廉の騎士団の日常は、はっきりと変わった。


訓練内容が変わる。


模擬戦は短期決戦から、持久戦と消耗戦を想定したものへ。


毒耐性を前提にした立ち回り。

回復役を守る陣形。

再生する敵を想定した、「削り切らない戦い方」。


マルクスは、訓練中も容赦がなかった。


「再生前提で考えろ」

「倒すんやない、止めるんや」


一撃必殺ではなく、拘束・分断・持続的制圧。


それは、これまでの騎士団にはあまりなかった発想だった。


だが――誰一人、弱音は吐かなかった。


むしろ、その訓練の厳しさが、彼らの覚悟を研ぎ澄ませていた。


「前衛は、後衛を信じる!」

「後衛は、前衛が倒れんことを前提に動け!」


マルクスの指示は的確で、無駄がない。


倒れた者がいれば、即座に陣形を組み替える。

毒を受けた者がいれば、後退と解毒を最優先する。


「倒すまで耐える」のではなく、

「耐えながら削る」戦い方。


その発想の転換が、少しずつ騎士団全体に浸透していく。


アガトもまた、その訓練に食らいついていた。


剣を振るう回数。

魔法を放つ精度。

立ち位置の調整。


すべてが、これまで以上に意識的になっていく。


(……もう、失敗は許されない)


胸の奥に、静かな決意が宿る。


三ヶ月前の自分とは違う。

守るべき場所が、ここにはある。



装備も、見直された。


防毒マント。

解毒薬の携行数。

刃に塗布する抑制剤。


鍛冶師と錬金術師が、屋敷を頻繁に出入りする。


「蛇王の再生は、魔力由来だ」

「完全に止めるのは無理でも、遅らせることはできる」


試作品は、何度も失敗した。


刃に塗った抑制剤が、戦闘中に剥がれる。

防毒マントの繊維が、毒に耐えきれず溶ける。

解毒薬の効果が、想定より弱い。


それでも、職人たちは諦めなかった。


「もう一回、やり直しや」

「素材を変える。配合も見直す」


彼らの執念が、少しずつ"形"になっていく。


そして、ついに――


「できたで」


錬金術師が持ってきた試作品は、これまでとは明らかに違っていた。


防毒マントは軽く、しなやかで、それでいて毒への耐性は格段に向上している。

抑制剤は粘性が高く、戦闘中も剥がれにくい。

解毒薬は即効性が増し、致死毒にも対応できる。


「これなら……いけるかもしれん」


マルクスが、珍しく満足そうに頷いた。



その中で。


アガトは、誰よりも静かに準備を続けていた。


訓練。

装備調整。

戦術確認。


だが、それだけではない。


蛇王の記録。

過去の撤退報告。

生き残った者の証言。


夜遅くまで、屋敷の書庫に籠もり、古い文献を読み漁る。


――完璧すぎる再生。


魔物のはずなのに、記録には、あるものが記載されていなかった。


「……本体じゃない」


微細な違和感。


蛇王は、何度斬られても、何度焼かれても、再生する。

だが、それは「無敵」ではない。


(……どこかに、弱点がある)


アガトは、その違和感を言葉にせず、胸の奥に積み上げていった。


もし、これが正しければ――

攻略の鍵になるかもしれない。


だが、確証はない。


(……もう少し、調べないと)



一週間。

二週間。


時間は、確実に流れていく。


騎士たちの動きは洗練され、無駄な声が減り、目配せだけで意思が通じるようになった。


清廉の騎士団は、確実に"次の段階"へ進んでいた。


そして。


出発前夜。

屋敷は、静かだった。


剣は研がれ、装備は整えられ、薬品は数え直されている。

あとは――行くだけ。


仕事終わりのアガトは、窓の外を見ていた。


月明かりに照らされた王都。


(……一か月)


短くもあり、長くもあった。


だが、もう迷いはない。


(……俺は、ここで生きていく)


シエラの目的が何であれ、

それを遂行する決意ができていた。


――――――――――――――――――――


皆が就寝した頃、執務室の灯りだけが、まだ消えていない。


シエラは窓辺に立ち、王都の灯を見下ろしていた。


「……ようやく」


誰に聞かせるでもなく、息のように言葉が零れる。


「ようやく、目的を達成できる」


胸の奥で、長く張り詰めていた糸が、わずかに緩む。


「ここまで、本当に……長かったわ」


机の上には、討伐計画書。

何度も読み返し、書き直した痕跡。


失敗は許されない。

偶然に任せる余地もない。


「これで……」


白い手袋を外し、胸元に当てる。


「あなたの臨んだ世界に近づくわ」


声は穏やかで、そこには迷いも、疑いもない。


――犠牲の数を、数えないことを除けば。


「誰もが、善き行いで報われる世界」

「力ある者が、弱き者を守れる世界」


――それが、あなたの言葉だった。


「私は……それを実現しようとしているだけ」


正しい。

間違っていない。


そう、自分に言い聞かせる。


「……ただ、あなたとは少し、道が違うだけ」


犠牲を厭わない道。

手段を選ばない道。


「でも……辿り着く場所は、同じはずだから」


問いかける相手はいない。

それでも、その名だけは口にする。



「……団長」


「あなたを殺した蛇王を倒せば」

「あなたの思想を実現すれば」


「変わるかもしれない――」



月が、雲に隠れる。


執務室の灯りが、一瞬だけ揺れた。




翌朝。

清廉の騎士団は、《蠕蛇の迷宮》へ向けて、王都を発つ。


長く、深く、命を賭けた一歩。

その始まりが、すぐそこまで迫っていた。


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