第4章 清廉の騎士団⑪
超大型魔族討伐から、三ヶ月が経過していた。
季節はひとつ進み、
清廉の騎士団の日常は、確実に変わっている。
任務の成功率。
被害の少なさ。
判断の速さ。
それらが積み重なった結果――
清廉の騎士団は、
王都公認パーティー序列・第二位に名を連ねていた。
かつての
「堅実だが慎重すぎる騎士団」という評価は、
今では
「安定して難任務をこなす実力派」へと塗り替えられている。
そして――
この結果は、
ある人物の思惑を動かすには、十分すぎた。
◆
王都・冒険者ギルド本部。
最上階、重厚な扉の奥。
窓は閉ざされ、
昼だというのに室内は薄暗い。
向かい合って座るのは、
清廉の騎士団団長・シエラと、
このギルドを束ねる男――ギルド長。
「……久しぶりですね、シエラ殿」
油断のない声。
探るような視線。
「ええ。ですが――
世間話をしに来たわけではありません」
シエラは即座に切り返した。
沈黙。
指先で机を叩く音が、やけに大きく響く。
「単刀直入に言います」
シエラは、ギルド長を真っ直ぐ見据えた。
「あなたには――
多くの貸しがありますね」
空気が、凍る。
「……ほう?」
「過去の不正依頼の揉み消し」
「王都貴族絡みの依頼処理」
「初心者――アガトを陥れようとした件も」
「忘れてはいませんよね?」
淡々と、
だが逃げ道を一つずつ塞ぐように。
ギルド長は、口元を歪めた。
「脅し、ですかな?」
「確認です」
シエラは微笑まない。
「だから――
例のダンジョン討伐依頼を」
「清廉の騎士団宛に、直接出しなさい」
その名を聞いた瞬間、
ギルド長の表情が、明確に変わった。
「……正気ですか」
低く、かすれた声。
「《蠕蛇の迷宮》」
「国家単位で立ち入りが禁止された場所だ」
多くの冒険者が犠牲になり、
幾つものパーティーが帰らなかった。
「討伐など、本来――」
「許されていない」
シエラは、静かに言葉を継ぐ。
「だからこそ」
「ギルドのすべての力を使いなさい」
「仮に依頼を出せても、
失敗する可能性が――――」
「討伐可能な体制を整え、
依頼として成立させる」
「……それでも無理なら?」
「その時は、
清廉の騎士団は崩壊するでしょう」
「あなたは、ルミナス王都に欠かせない騎士団ですぞ!」
「それだけは――」
シエラが、遮るように言った。
「ですが、拒否するなら――」
一拍。
「あなたの“貸し”を、
王城に返しても構いません」
完全な、脅迫。
ギルド長は、
考え込むように視線を伏せ、
やがて長く息を吐いた。
「……三ヶ月だ」
「準備期間を三ヶ月」
「その後、依頼を正式に出す」
「――いいえ」
シエラは即答した。
「一ヶ月です」
「そんな、無茶な!」
「言いましたよね?」
静かな声。
「ギルドの“すべて”の力を使いなさいと」
「それと――
先に依頼書を用意してください」
「非公式のものでも構いません」
シエラは立ち上がる。
「では――よろしく」
扉が閉まる。
薄暗い部屋に残されたギルド長は、
小さく、しかし確かな苛立ちを込めて舌打ちした。
◆
それから数日後。
清廉の騎士団本部に、
一通の封書が届いた。
差出人――王都冒険者ギルド。
内容は、ただ一行。
――
《国家特別許可付き討伐依頼》
《対象:蠕蛇の迷宮》
――
そして、その日の朝。
全団員に、訓練所への招集がかかった。
ざわめきは、ない。
超大型魔族討伐以来の全体招集。
覚悟だけが、静かに揃っていた。
◆
訓練所。
整列した騎士たちの前に立つのは、
団長・シエラ。
副団長のマルクスは、
いつものように一歩後ろに控えている。
「皆さん、集まってくれてありがとうございます」
穏やかな声。
「本日、ギルドより――
正式な討伐依頼が届きました」
一瞬、空気が張り詰める。
「対象は――
《蠕蛇の迷宮》」
どよめきは、起きない。
ただ、全員が理解していた。
これは――
普通の依頼ではない。
「階層は、全十階層」
「六階層以降、Aランク相当の魔物が出現します」
マルクスが低く補足する。
「最深部――十層目」
「そこにいるのが、ダンジョンボスや」
「名は――
《原初喰らいの蛇王(アウルム=ナグア)》」
再生する肉体。
撒き散らされる猛毒。
長期戦が許されない、最悪の相手。
説明を終え、
シエラは一度、全員を見渡した。
「……正直に言います」
「このダンジョンは、危険です」
「無理に挑む必要はありません」
柔らかな声。
「ですが」
視線が、強くなる。
「今の清廉の騎士団なら――
攻略できると、私は考えています」
そして。
「できることなら」
「皆さんに、ついてきてほしい」
命令ではない。
ただの、願い。
沈黙。
だが、それは長く続かなかった。
「やりましょう!」
「団長が言うなら、行きます!」
「今の俺たちなら――!」
迷いは、なかった。
シエラは、わずかに目を細める。
「……ありがとうございます」
アガトは、黙って立っていた。
三ヶ月前とは違う。
剣を握る感覚も、
戦場を見る目も。
そして――
これから始まるものが、
ただの討伐ではないことを、
彼はまだ知らない。




