第4章 清廉の騎士団⑨
清廉の騎士団が王都へ帰還したのは、
超大型魔族討伐から五日後のことだった。
門前には、すでに人だかりができている。
「――戻ったぞ!」
号令とともに、門が開く。
鎧に残る傷跡。
完全には拭えない戦場の気配。
それでも、騎士団は欠けることなく戻ってきた。
「清廉の騎士団だ……」
「本当に、Sランクを討伐したんだ!」
ざわめきが、波のように広がる。
英雄視。
畏怖。
安堵。
様々な感情が混じる中、
騎士団は淡々と屋敷へと入っていった。
――彼らにとって、これは「任務の帰還」でしかない。
そしてアガトにとっても、
胸を張るような凱旋ではなかった。
ただ、遅れずに歩くこと。
邪魔にならないこと。
それだけを意識していた。
◆
数日後。
王城・謁見の間。
玉座の前に立つのは、
清廉の騎士団団長・シエラと、副団長・マルクス。
「――よくぞ成し遂げた」
王の声が、広間に響く。
「未踏破領域に出現した超大型魔族」
「被害が出る前に討ち果たした功、まことに大きい」
形式ばった言葉の後、
侍従が進み出て、褒賞を差し出す。
金貨。
王印付きの勲章。
そして、次なる作戦への正式な信任。
「清廉の騎士団に、感謝と敬意を」
一礼するシエラ。
軽く頭を下げるマルクス。
この一件で――
清廉の騎士団の名声は、また一段階引き上げられた。
その光景を、
アガトは少し離れた位置から眺めていた。
そこに自分の名は呼ばれない。
当然だと、理解している。
◆
それから、しばらく。
騎士団は、忙しくなった。
魔族討伐。
ダンジョン調査。
護衛任務。
難度の高い依頼が、優先的に回ってくる。
そして。
「次の任務、アガトも出すで」
「前線な」
そんな言葉が、珍しくなくなっていった。
初めて聞いたとき、
胸の奥が、わずかに熱を持ったのを覚えている。
気づけば、
アガトは複数回のクエストに連続して参加していた。
特別扱いではない。
だが、外されることもない。
前線で戦い、
後衛を支え、
時に、無理の利く駒として使われる。
雑用ばかりだった頃と、
本質は変わらない。
それでも――
「戦場に立っている」という事実だけは、違った。
「なんで、こいつと一緒なんだよ」
「足引っ張るなよ」
誰かが、そう漏らす。
依然として、団員からの評価は低い。
それでも、アガトは気にしなかった。
――慣れている。
存在を否定されることも、
期待されないことも。
ただ、与えられた役割をこなすだけだ。
だが、ふとした瞬間、
あの言葉が脳裏をよぎる。
『……救われたで。ありがとな』
あれは、戦いの後。
誰にも聞かれない場所で、
マルクスが、ぽつりと零した言葉だった。
評価でも、命令でもない。
ただの感謝。
それが、胸の奥に深く残っていた。
――人を救う。
それは、
喝采を浴びることでも、
名を刻まれることでもない。
誰かが、ここで命を落とさずにすむこと。
誰かが、次の朝を迎えられること。
誰かが、「まだ生きている」と思えること。
ああ、そうだ。
自分がなりたかった英雄は――
きっと、こういう存在だった。
あの一言で、
アガトは確かに報われた。
だからこそ、思う。
もっと強くなろう。
もっと前に出よう。
もっと多くを守ろう。
剣を握る手に、
迷いはなかった。
(……英雄になる)
(誰かに必要とされるためじゃない)
(誰かを救える自分でいるために)
アガトは静かに息を整え、
次の戦場を見据えた。
◆
そしてその様子を、
シエラは、
何も言わずに見ていた。
ある計画は、
まだ表には出ない。
だが――
準備は、すでに始まっている。
静かに。
確実に。




