第4章 清廉の騎士団⑧
戦いが終わった谷には、
どこか――不自然な静けさが残っていた。
氷の破片と、砕けた大地。
超大型魔族の残骸は、完全に消滅してはいない。
「……処理は、ここでは無理やな」
マルクスが、辺りを見渡して言った。
「近隣の街に連絡や」
「専門の解体班を呼ばなあかん」
この規模の魔物を、現地でどうこうできる状態ではない。
討伐は完了した。
だが、仕事はまだ終わっていなかった。
「皆さん、こちらへ」
シエラの声に、団員が集まる。
彼女は淡々と、治癒を続けていく。
「《聖域治癒・白環》」
白い光が、次々と騎士たちを包む。
裂けた肉。
砕けた骨。
内臓へ走った衝撃。
それらが、あるべき形へと戻されていく。
「……助かります」
「……命拾いしました」
感謝の言葉が、静かに零れる。
そして。
アガトの順番になる。
白光が、アガトを包む。
深い内傷が、時間をかけて修復されていく。
――その直後。
「……っ」
シエラの身体が、わずかに揺れた。
「団長?」
団員が、声をかける。
彼女は、すぐに姿勢を正す。
「……大丈夫です」
「少し、立ち眩みがしただけ」
そう言って、柔らかく微笑んだ。
だが――
その一瞬を、見逃さなかった者がいた。
マルクスだ。
細い目が、わずかに鋭くなる。
(……今のは)
だが、何も言わない。
治癒が終わり、
全員が動ける状態になると、
騎士団は、すぐに帰還準備へ移った。
◆
馬を呼び戻し、
装備を整え、
簡易的な陣形を組む。
アガトも、例外ではない。
「おい、新入り」
「包帯、回収しとけ」
「馬の世話、先や」
「休憩? 後にしろ」
――いつも通りだった。
英雄扱いなど、されない。
感謝も、称賛も、ほとんどない。
戦場で何があったかなど、
もう“終わった話”だ。
アガトは、黙って動いた。
身体は、まだ重い。
だが――
それでも、不思議と心は静かだった。
(……生きてる)
それだけで、十分だった。
帰還初日の夜。
簡易拠点での野営。
焚き火の周りでは、
疲れ切った騎士たちが眠りについていた。
アガトが、
装備の手入れを終えたところで、
「ちょい、ええか」
声をかけられた。
振り返ると、マルクスが立っていた。
「……副団長」
「楽にせえ」
「今は仕事ちゃう」
焚き火の光が、
彼の顔に影を落とす。
「最後まで、諦めへんかったやろ」
「あれがなかったら、全滅や」
アガトは、言葉を失った。
「団長が目ぇ付けるだけあるわ」
「正直、俺も助けられた」
少し、間を置いて。
「……救われたで。ありがとな」
軽い口調だったが、
そこに嘘はなかった。
「……い、いえ……」
それしか、言えなかった。
マルクスは、満足そうに頷く。
「ほな、休め」
「明日も、こき使われるやろしな」
その背中を見送りながら、
アガトは胸の奥が、わずかに温かくなるのを感じていた。
◆
同じ夜。
団長テント。
灯りは、最小限に落とされている。
「……どう思いますか」
沈黙を切り裂くように、シエラが口を開いた。
「やっぱり、普通やないですね」
マルクスは腕を組み、低く息を吐く。
「感覚疎外の中で、あれや」
「しかも、結界を壊す一撃……」
一拍、間。
「……あいつ、スキル契約者の可能性ありますよ」
シエラは、かすかに微笑み、否定はしなかった。
その瞳には、
確信とも、期待とも取れる光が宿っている。
「ええ」
「だからこそ――」
言葉は、そこで止められた。
ゆっくりと、シエラの視線がマルクスを捉える。
「報告、ありがとうございます」
「今日は、もう下がってください」
「……了解ですわ」
それ以上は踏み込まず、マルクスは踵を返した。
テントの幕がめくられ、夜の冷気が一瞬だけ流れ込む。
――ぱさり。
「最後に一言だけ、ええですか」
足を止め、振り返らずに言う。
「俺は、あいつのこと……信用してますよ」
「ええ」
シエラは、短く、しかし柔らかく応じた。
再び、静寂。
シエラは揺れる灯を見つめたまま、
誰に聞かせるでもなく、唇を動かす。
「……次の計画に進みましょう」
その声は独白に近く、
それでもどこか、計算された響きを帯びていた。
焚き火が、静かに爆ぜる。
アガトの知らないところで、
物語は、確実に次の段階へと進み始めていた。
読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
初めてブックマークがついていて、嬉しくてひっくり返りそうになりました……!
まだまだ未熟な作品ですが、一話一話大切に書いていきます。応援よろしくお願いします!




