第4章 清廉の騎士団⑦
魔物が、ゆっくりと歩みを進める。
一歩。
また一歩。
そのたびに、空間が歪み、
感覚が、さらに削られていく。
前衛の誰もが、もう動けなかった。
――だが。
最前線に立つアガトだけは、剣を握り直していた。
(……見えない)
視界は、役に立たない。
距離も、方向も、意味を失っている。
(……聞け)
アガトは、ゆっくりと目を閉じた。
騎士としての技でも、
魔法でもない。
山で、生き延びるために身につけた感覚。
風の流れ。
地面の震え。
空気の“重さ”。
そして――
殺気。
――来る。
理屈ではなく、
身体がそう告げた。
次の瞬間。
魔物が、動いた。
空間が裂け、
死が、迫る。
アガトは、踏み込んだ。
視界は、いらない。
剣を、横に――
そして、斜めに、叩き込む。
「――っ!!」
鈍い感触。
だが、確かに――
斬った。
剣は、魔物の左腕を深くえぐり、
そのまま胴体へと食い込む。
肉が裂け、
魔力が、暴発する。
魔物が、初めて声を上げた。
「ガ――――ッ!!」
次の瞬間。
世界が、戻った。
歪んでいた視界が、正しく収束する。
狂っていた距離感が、元に戻る。
足元の感触。
風の向き。
仲間の位置。
すべてが――正常だ。
「……疎外結界が、解けた……?」
誰かが、呟く。
身体から、結界維持の魔力が失われていた。
アガトは、剣を支えきれず、
その場に、膝をつく。
「……っ」
血が、口元から零れる。
力が、入らない。
――もう、限界だ。
「今や!」
マルクスの声が、戦場に響いた。
「団長! 前衛を全員、後衛の元へ!」
シエラが、即座に詠唱に入る。
「《集団転移・聖域帰還》!」
光が走る。
副団長――マルクスを除く前衛が、
次々と転移し、戦場から消えていく。
アガトも転移した。
そして。
静寂。
戦場に残ったのは――
魔物と、マルクスだけ。
マルクスは、深く息を吐いた。
「……感覚、戻ったな」
細い目が、魔族を射抜く。
「よくやってくれたで、
新人くん。」
「ここからは、俺の番や」
小太刀を、二本とも抜く。
一本は、右手に。
もう一本は――口に咥えた。
冷気が、溢れ出す。
地面が、瞬時に凍りつく。
「《氷結解放・絶対零度》」
世界が、凍った。
空気が、止まり、
魔力すら、凍結する。
魔物の身体が、氷に包まれ、
動きを完全に失う。
マルクスは、一歩踏み込んだ。
速い。
否――“消えた”。
次の瞬間。
氷ごと、魔族が斬り裂かれる。
縦に。
横に。
逃げ場は、ない。
「ほな――終いや」
最後の一閃。
氷とともに、粉砕された。
音もなく。
戦いは――終わった。
――――――――――
後方。
そこに倒れている、アガトの姿。
彼は、まだ息をしていた。
その顔には――
恐怖も、後悔も、なかった。
ただ、
やりきった者の静けさだけが、あった。
清廉の騎士団は、勝利した。




