第4章 清廉の騎士団⑥
前衛は、もはや「持ちこたえている」と呼べる状態ではなかった。
感覚疎外は、刻一刻と強まっていく。
足を踏み出すたび、地面の硬さが変わり、
剣を振るえば、空間が一拍遅れて追いついてくる。
それでも――
誰一人、下がらなかった。
「保て!」
「後衛が詠唱中だ!」
怒号と悲鳴が交錯する中、
騎士たちは必死に、“そこに立ち続けていた”。
魔族の一撃が、地面を抉る。
衝撃波が走り、
二人、三人が宙を舞う。
だが――
「《聖域治癒・白環》!」
白光が戦場を貫く。
倒れた騎士の身体が、再び動き出す。
「まだ……やれます!」
「無理するな、下がれ!」
「下がれないだろ……!」
疎外結界。
退路は、最初から存在しない。
(……倒れるわけには、いかない)
アガトは、奥歯を噛みしめた。
感覚は、相変わらず狂わされている。
だが、敵の“圧”だけは、はっきりと感じ取れる。
重い。
圧倒的だ。
それでも――
「ぐっ……!」
魔族の爪を、剣で弾く。
衝撃が腕を打ち、痺れが走る。
(……時間を稼ぐ)
それだけでいい。
背後で、
“何か”が整いつつあるのが、肌で分かった。
後衛。
魔導騎士たちは、すでに限界に近かった。
額から汗が滴り落ち、
詠唱の声は、もはや震えを隠せない。
地面に描かれた巨大魔法陣が、
生き物のように脈打ち、光を放つ。
「魔力収束率、九割……!」
全魔力。
全精神。
すべてを、この一撃に注ぎ込んでいた。
「連携詠唱、完了――!」
シエラが、静かに一歩前へ出る。
疲労を感じさせない、澄んだ声。
「発動準備」
後衛全員が、声を揃えた。
「《天罰降臨・星落》」
空が、歪む。
雲が渦を巻き、
天が、裂ける。
圧縮された魔力の塊が、
“星”の名にふさわしい輝きを帯び、形成されていく。
前衛の誰もが、息を呑んだ。
「……来るぞ!」
「伏せろぉぉぉ!」
次の瞬間――
それは、落ちた。
轟音。
閃光。
大地が、爆ぜる。
爆炎と光が、谷全体を呑み込み、
視界が、真白に染まった。
衝撃に弾かれ、
アガトは地面へ叩きつけられる。
(……当たった)
誰もが、そう思った。
――いや。
そう、信じた。
数秒後。
煙が、ゆっくりと晴れていく。
熱が、引いていく。
そして。
「……嘘だろ」
誰かの呟きが、静寂を裂いた。
そこに――
魔族は、立っていた。
外殻に、ひび一つない。
爆心地の中心で、
まるで最初から、何も受けていないかのように。
「……無効化、やと?」
マルクスが、目を細める。
「爆破系……完全に通ってへんな……」
魔族の身体に、淡い光が走る。
――魔力吸収ではない。
――相殺でもない。
爆破という“現象そのもの”を、拒絶している。
後衛から、力の抜けた声が漏れた。
「……魔力、残量……ほぼゼロ……」
「再詠唱……最低でも、数十分……」
絶望が、戦場を満たしていく。
前衛は、限界。
後衛は、枯渇。
中衛のシエラでさえ、
息を整える時間を必要としていた。
「……退却……?」
掠れた声が、誰かの喉からこぼれる。
だが。
マルクスは、静かに首を振った。
「無理やな」
「疎外結界、まだ生きとる」
逃げ場は、ない。
魔族が、ゆっくりと歩みを進める。
まるで――
“次はこちらの番だ”
そう告げるかのように。
逃げられない。
転移も、退路も、存在しない。
マルクスは、歯を噛みしめた。
(あかん……)
(この状況、よう知っとる)
経験が、冷酷に告げていた。
――これは、殺されるな。
前衛の士気は、音を立てて崩れ、
絶望が、隊列を飲み込んでいく。
その時だった。
前衛の最前線。
ただ一人だけ、
剣を下ろしていない影があった。
膝は笑い、息は荒い。
それでも、その瞳だけは――
死んでいなかった。
ほんのわずか。
だが、確かにそこに――
勝利へと繋がる“種”が、残っていた。




