第4章 清廉の騎士団④
出発は、夜明け前だった。
清廉の騎士団――
総勢三十名。
全員が、馬に跨る。
装備は最小限。
無駄を削ぎ落とした、実戦装備。
馬の鼻息が、白く立つ。
進路は、東。
最短でも、四日はかかる道のり。
山を越え、森を抜け、
人の手がほとんど入らぬ領域へ踏み込む遠征だ。
「ほな、出発や」
副団長――マルクスの声が、低く響いた。
軽い口調。
だが、号令に迷いはない。
三十騎が、一斉に動き出す。
蹄の音が、地面を打ち、
王都の気配は、ゆっくりと背後へ遠ざかっていった。
アガトは、列の中ほどにいた。
(……馬、乗れてよかった)
山での暮らしで身についた感覚が、ここでも役に立っている。
動物の重心、呼吸、癖――
それを読むことは、人を読むよりずっと簡単だった。
初日は、野営準備や雑務に追われ、
休む間もなく終わった。
そして、二日目。
隊列が森道に入った頃。
馬の歩調が一定になり、
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
「新入り、ええ乗り方やな」
横から、マルクスの声。
細い目で、ちらりとこちらを見る。
「村育ちやろ」
「動物に嫌われん匂い、しとるわ」
「あ、ありがとうございます」
アガトは、思わず副団長を見た。
左腕が、ない。
肩口から失われている。
だが――
不便さを、微塵も感じさせない。
手綱は右手だけ。
姿勢は崩れず、馬も安定している。
「気になるか?」
視線に気づいたのか、マルクスが笑った。
「まあ、気になるよな」
「片腕やし」
「……すみません」
「ええよ」
「その顔、嘘つけんタイプや」
軽く肩をすくめる。
「腕はな、昔、置いてきた」
「代わりに、色々もろたけどな」
そして、何でもないことのように続けた。
「キミ、スキル契約のこと、知っとるか?」
「……いえ」
「ほーん」
「王都来たばっかなら、しゃあないな」
前を向いたまま、マルクスは話す。
「スキルっちゅうんはな」
「欲したもんを“力”として貰える契約や」
「せやけどな」
声が、少しだけ低くなる。
「スキルには、必ず代償がある」
アガトの視線が、再び左肩へ向く。
「……ああ」
「気づいたか」
「力だけ貰って、無事でおれるほど」
「この世界、甘ないで」
「命、時間、身体、感情」
「何かしら、持っていかれる」
「それが、契約や」
一拍、間。
「せやからな」
「代償は、ほとんどの奴が隠す」
「弱点になるからや」
「知られた瞬間、殺されることもある」
「騎士でも、冒険者でも」
「そこは同じや」
アガトは、喉を鳴らした。
「……副団長は」
「ん?」
「どうして……俺に?」
マルクスは、少しだけ笑った。
「だってキミ、もう仲間やろ。」
名も形もない熱が走り、
アガトに強く、深く刻み込まれた。
「今回の対象は、強敵や」
「少しでも周りを知っといた方が、生き残れる」
「それに――」
「騎士団でスキル契約者は、"俺"と"団長"だけや」
「貴重やで~敬っとき!」
冗談めいた口調。
だが、その言葉の裏に、重みがあった。
副団長との会話は、自然と笑顔を引き出した。
こんな感情は、久しく忘れていたものだった。
その夜。
アガトは、焚き火の前で考える。
(……あの時の声)
(……あの力)
(あれも、スキル契約だったのか?)
もし、そうなら。
――代償は。
答えを出せないまま、
時間だけが流れた。
そして、
決戦当日の五日目の朝が、
静かに近づいていた。




