第3章 王都⑥
「……"清廉の騎士団"の、シエラだ」
ギルドホールの一角で、誰かがそう呟いた。
その声は独り言のように小さかったが、不思議と周囲へ伝播していく。
清廉の騎士団。
王都直属の精鋭騎士団であり、Aランク以上の危険任務を主に請け負う存在。
その団長にして聖女と称される女――シエラ。
正義のために剣を取り、
何よりも秩序を優先すると噂される、理想の象徴。
「直近一ヶ月、
紅角の地走竜の討伐報告はなかったのではありませんか?」
受付嬢が頷く。
いつの間にか、シエラはアガトの隣に立っていた。
白を基調とした装束に、柔らかな微笑。
その存在だけで、場の緊張が不思議と和らぐ。
「素材の流通記録も、ありませんよね。」
空気が、徐々に重くなる。
「……どうかなさいましたか?聖女殿。」
奥の扉が静かに開き、一人の男が姿を現した。
年嵩で、威厳を纏った男――ギルド長だった。
「ギルド長……!」
受付嬢の声が、わずかに安堵を帯びる。
「聖女殿。
この素材が本物であることは、認めましょう」
ギルド長は視線を素材へ落とし、慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、それをこの冒険者が討伐したと断定するには、
いささか……根拠が足りない」
「根拠、ですか」
シエラは首を傾げ、少し呆れた顔をした。
「では、お伺いします。
現状、紅角の地走竜を討伐可能な戦力はいましたか?」
「聖女殿。お言葉ですが、この王都には優秀な冒険者が大勢おりますぞ。」
「あのーいいっすか?」
別の騎士団員が、書類をめくりながら続けた。
「今、王都近郊に滞在しているAランク冒険者はゼロ。
全員、遠征中だったよな。ギルド長」
そのため、清廉の騎士団が王都に滞在していた。
沈黙。
紅角の地走竜を、討伐できる戦力。
その条件を満たす存在は、限られている。
「私たち、"清廉の騎士団"のみ、ですね。」
穏やかな声が、その言葉を継いだ。
「それでも、なお“偽装”とお考えですか?」
シエラの声は、終始柔らかい。
だが逃げ道は、確実に塞がれていく。
「……だとしても」
ギルド長は、言葉を選びながら続ける。
「彼は、まだEランク冒険者です。
今までAランク魔族を倒す新米の前例がない――」
「次は、前例ですか」
シエラは、微笑んだ。
だがその笑みは、どこか冷たい。
「……可能性は、常に考慮せねばならない」
ギルド長は低く言い切った。
「ギルドの信用を守るためにも、慎重である必要があるのです」
「ええ。
信用は、とても大切です」
シエラは一歩、前に出た。
「だからこそ――
正しい功績が、正しく認められないことの方が、
より深い不信を生むのではありませんか?」
その言葉に、ギルド長の表情が僅かに強張る。
「冒険者ギルドは、公正であることが信頼の根幹。
それが揺らげば、どうなります?」
静かな声。
だが、刃のようだった。
「国民は疑念を抱き、
冒険者は離れます。
制度は――崩壊するでしょう」
「それは……」
「私は、それを望みません」
シエラは静かに、しかしはっきりと告げた。
やがてギルド長は、深く息を吐いた。
「……聖女殿の言葉、重く受け止めましょう」
「ですので」
シエラは、アガトの顔を見てふっと表情を緩める。
「一つ、提案を」
視線が集まる。
「彼を、私たち"清廉の騎士団"に迎えます」
ギルド内がざわめいた。
「彼の実力は、私たちが保証する。
同行し、功績を重ねれば――
疑念は自然と消えるでしょう」
それは、救済案に聞こえた。
同時に――
完全な取引でもあった。
「……ギルドとしては?」
シエラは、ギルド長にしか聞こえない声で囁く。
「この件、表には出しません。
代わりに――
今後も私たちの顔を立ててくださいね」
沈黙の後。
「……了承します」
ギルドは、貸しを作った。
それが、どれほど重いものかを理解した上で。




