第2章 山修行③
禁忌の森を越えたさらに奥。
かつて危険地帯と呼ばれたこの山道に、三人の男が足を踏み入れていた。
「……本当に大丈夫なんだろうな。
ここ、前は魔物が溢れてたはずだろ?」
鎧に身を包んだ男が、周囲を警戒する。
「最近は被害も出てねぇ。
本道の検問を抜けるより、ここを通るほうが早い」
「まぁ、今のところ魔物の気配もないし、
ここを抜けりゃ、王都ルミナスまで一気だ!」
「そうすれば、女もガキも、高値で買い取ってもらえる。
剣を振るより、よっぽど割がいい」
三人の視線が、後ろの荷馬車へ向く。
厚い布で覆われ、外からは中が見えない。
だが、かすかに――
金属が擦れる音と、震える声が聞こえていた。
「……静かにしろ!」
一人が荷台を蹴る。
返事はない。
あるのは、鎖が揺れる音だけだった。
尾根の上。
アガトは、静かにその光景を見下ろしていた。
(……奴隷商人、か)
音も、匂いも、挙動も。
疑う余地はなかった。
アガトの脳裏に、かつて聞いた英雄譚がよぎる。
弱き者を見捨てなかった英雄。
「……見過ごせないな」
そう呟いた瞬間、
アガトの足元で、小動物たちが一斉に散った。
「うわっ――!?」
商人の一人が叫ぶ。
道の前方に、人影が降り立った。
「な、なんだお前は!」
「通行人です。
……それより、その荷馬車」
アガトの視線が、布の奥を射抜く。
「中身を見せてください。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、商人たちは剣を抜いた。
「チッ……魔物が出ないと思ったら、人かよ!
どけ! 俺たちは急いでる!」
「急いでる理由が、“それ”なら――」
アガトは一歩踏み出す。
「なおさら、通せないです。」
アガトの足が地面を蹴った。
剣の柄で男の顎を打ち、
次の瞬間には肘を極める。
「ぐっ……!?」
二人目が剣を抜こうとした瞬間、
足払い。
倒れたところを踏みつけ、首元に刃を添える。
「動かないでください。」
低い声だった。
残る一人は、武器を構えたまま硬直している。
「……三対一だぞ?」
「でしたね。」
アガトは視線を向ける。
次の瞬間、
小石が飛び、男の手首を打った。
剣が落ちる。
「――終わりです。」
数分後。
三人の奴隷商人は、一本の太いロープでまとめて拘束されていた。
荷馬車へ歩み寄り、布を外す。
中には、鎖で繋がれた人々。
目を伏せ、息を殺している。
「……もう大丈夫ですよ。」
そう告げても、反応はない。
感謝も、安堵もない。
あるのは、
嫌悪と恐怖の目。
アガトは、めげずに微笑んだ。
「ここにいたら、危険だ。
山に置いていくわけにもいかない…」
少し考え、アガトは決めた。
「王都へ行く」
ギルドがある。
法がある。
少なくとも、このままよりはいい。
英雄がそうしたように。
剣を振るうだけで終わらせない。
アガトは荷馬車の向きを変え、
山道を下り始めた。
「本当に人を助ける必要があるのか、
それを知るためにも……」
それは、アガトが十八歳の誕生日の日であった。
山で過ごした三年が終わり、
再び、人の世界へ足を踏み出す。
人々から受ける無慈悲な嫌悪の目の正体など知らずに…。




