佐藤さんと長崎さん
佐藤さとるさんの年上の友人に、やはり童話作家の長崎源之助さんがいて……ふたりで師匠の門をたたいたり、同人誌『豆の木』を創刊したりといった経緯が、佐藤さんの自伝小説などに書いてあります。
仲はよかったのでしょうが、作家としての考え方には、だいぶ、違いもあったようで……
長崎さんふくめ他の同人たちの短編志向に対して、長編志向の佐藤さんが「燕雀いずくんぞ~」などと怪気炎をはいて、サークル崩壊させた経緯は、やはり自伝小説にさらっとでてきますし……
以前引用した『ファンタジーの世界』の全集収録版の巻末対談では、児童文学についても、「子どもにも読めるように」配慮した文学作品という佐藤さんの持論にたいして、長崎さんは逆に「おとなの鑑賞にもたえるように」書くんだ、と、一周回って同じような、違うような、微妙な食い違いをみせていますし……
また、これもせんだって引用したように、佐藤さんは「公害童話や平和童話やイデオロギー少年小説」に対して批判的でしたが、国語教科書にも収録されたことがあるという長崎さんの『とうちゃんの凧』などは、それこそヘイワ童話ですね。
肺病の診断で入営できなかったという佐藤さんとちがって、長崎さんには従軍経験もあるようですから、そのあたりも関係しているのかもしれませんが……
(ついでに海軍と陸軍の違いとかもあるのかどうかわかりませんが)
一方の佐藤さんには、あからさまな反戦童話はほぼありませんね(たぶん)。
あえてどうしてもというなら『わんぱく天国』のエピローグが、戦争のせいで、やや物悲しいですが……それとても主人公の「おれは飛行機に乗った(操縦した)ことがあるんだ」という思い出に回収されていくわけですしね。
佐藤さんのおとうさんは、海軍の電機方面の技術者で、最後は空母にのりくんでミッドウェイで散華されたという話ですが。
そのおとうさんについての、佐藤さんとの印象的なかかわりといえば、『海の志願兵』ラストの(というかあとがきの?)「最初の記憶」だったり、自伝小説やエッセイにでてくる、最後の挙手の礼だったりも(当方的には)しますが……それが大上段な反戦ヘイワの身ぶりに結びつくわけでもないようです。
ヒロインの父親を経由して反戦ヘイワをうたいあげる『とうちゃんの凧』の長崎さんに対して、佐藤さんは、たとえ戦前や戦中という時代背景のなかであっても(たとえ~などと力むことすらなく)、ただあたりまえに慕わしい父の記憶そのものを語ろうとしているというかなんというか……
父を通して反戦を語るか、
戦争を背景に父を描くか、
とまできれいに対照するのはさすがにむりやりかもしれませんが、やはり、姿勢の違いは感じます。
まあ、「だから」なのか、「なのに」なのか、仲は良かったのでしょうね、おふたり。




