異世界の陽のもとに
童話を書きたいといいつつ急にSFの話で恐縮ですが、スタニスワフ・レムが好きです。
『ソラリス』『砂漠の惑星』『エデン』『捜査』『完全な真空』など若いころに読みました(泰平ヨン~は未読ですスミマセン)。
中二や高二のころは「最高傑作は『捜査』だよね~」なんて逆張りかましたりなんかしたこともあったかもしれませんが……やはり、なんだかんだいって、最高傑作、すくなくとも代表作は『ソラリス』で決まりでしょうか。
ところで『ソラリス』といえば、本編とならんで、ある意味ではそれ以上に、有名というか影響力があったのは、そのまえがきかもしれません。
――――(引用ここから)――――
しかし、私に言わせれば、このような定式はあまりに図式的である。それは、地球的な諸条件――つまりわれわれがよく知っている諸条件――を宇宙という広大無辺な領域に単に機械的に移しかえたものにすぎない。
星と、星の世界への道は、単に長くて困難なものであるだけでなく、さらに、それは、われわれの地球上の現実がもつ諸現象とは似ても似つかない無数の現象に満ちていると私は思う。宇宙は「銀河系の規模にまで拡大された地球」では決してないであろう。それは質的に新しいものである。
(スタニスワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』飯田規和訳ハヤカワ文庫〈SF237〉)
――――(引用ここまで)――――
要するに「異星異星というけれど、それって(距離的に遠いというだけの)ただの異国・外国とどこが違うの?」という……アメリカ流の通俗SF(スぺオペみたいなもの?)を念頭に、ツッコミをいれたのがレムということになるのかと思います。
スぺオペはスぺオペでおもしろい(から通俗的に売れる)のであればそれはそれでいいのですが、SFのおもしろさというのは、それだけなのか。
もっと別のそれこそ「質的」に異なるおもしろさがあってもいい、それこそセンスオブワンダーなSFの醍醐味じゃねーのかてやんでい、と、大風呂敷をひろげるだけでなく、実際にそれを作品化してみせたところにレムの偉大さというか魅力があるのではないかと愚考する次第。
サカダチしてもそんな離れ業のマネはできませんが……
ただ、レムがあくまでSFの文脈でかたっている、「銀河系の規模にまで拡大された地球」というのは、ファンタジーの文脈に移しかえても、通用する問題提起ではないのかなー、とは、思うのですよね。
「異世界異世界というけれど、それってただの異国・外国とどこが違うの?」と……
「異次元の規模にまで拡大された地球」のような「異世界」はアニメ・マンガ・ラノベの世界に氾濫しているように思いますし、それこそ中世ヨーロッパ風だとか、古代ペルシア風だとか、中華風だとか……実際に実在の国や地域をモデルにしたことを明言している異世界もめずらしくはないでしょう。
それはそれでおもしろければそれでいいわけですが……
それとは「質的」に異なる異世界というものも、(異星で可能だというなら)、考えることはできるわけで……実際に挑戦している作品なども、あるところにはあるのかもしれません。
そして、深い根拠はないですが、そうしたたんなる外国ではない異世界というのは、フォークロアやメルヘンのいわゆる「異界」に近いものがあるのではないか。
そして、そうした「異界」には、(合理主義的になってしまったオトナの文学よりも)、童話や児童文学のほうが、親和性をもちやすい面があるのではないか、などと……
くりかえしますが大した根拠もないまま、感じたりしていないこともありません。
前回の記事でふれた、佐藤さとるさんのいう「小学生全集」のラインナップのなかには、「ピーターパン」なども含まれていましたが、そこに登場するネバーランドなる異世界(ディズニーではなく原作の)や、本来は実在のはずのケンジントン公園の夜の姿などもまた、そういえば、アニメ・マンガ・ラノベ的ファンタジーの異世界とは質的に異なる「異界」感をそなえていた……ような気がしないこともありません。
(もっというなら、戯画化されたダーリング氏のような人物が生息するバリーの英国自体が、実在の異国であるにもかかわらず、かなりの異界感をただよわせていたかもしれません?)
とすれば、佐藤さんのおっしゃる、二種類のおもしろさの違いというものとも、これは、どこかでかかわってくるモンダイなのか……
たんなる異国ではない異世界の成立要件というか、その違いはどこにあるのだろう、などと、考えたりしないでもない今日この頃なのです。
まあ、当方ごときが考えても「ワカラナイ…」にしかなりえようもないのですが(汗
ただ、たとえば「異界」というのはユング心理学あたりにいわせれば、現実世界についてわれわれが抱くイメージの逆説的な投影≒シャドウみたいなものかもしれませんから、読者の無意識をくすぐり、兆発してくる世界、”夢と同じ糸で織られた”ような世界にもなりうるかもしれませんし……
それはつまり、単にキャラクターの活躍の舞台や背景としての世界ではなく、世界自体が(われわれの無意識の投影として)キャラクター化して何ごとかを語っている世界であって、つまり暗喩、というより寓喩としての世界とでもいうべきものかも、などと……いや、やっぱり、わかりませんね(汗
レムとかエンデとかル・グインでも読んで、もそっと考えてみますわ(下手な考えなんとやら~♪)




