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童話についてアレコレ  作者: 七瀬みる


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米国ダディの場合?

 子どものころに読んだはずだけど内容サッパリおぼえてない――みたいな作品をあらためて読み返してみたりするのも、童話・児童文学好きのオトナのタシナミというか、醍醐味みたいなものかと思いますが……


 最近、そうして読んだうちの一冊が、メル・エリス『走れ!白いオオカミ』。

 椋鳩十とか動物童話にハマっていた幼少のみぎりの当方が飛びついた(はずの)作品ですし、実際、緑背景に白いオオカミの顔という表紙ははっきり覚えていました。

 ついでに、当時、何かの課題図書になっていたり、検索すると昭和のVHSソフトがヒットしたりでアニメ化なんかもされたらしい、わりと話題の作品だったようですが……


 そのわりには内容はスッカラカンと忘れ去っておりまして(汗

 ン十年ぶりに読み返してみた次第。


 読み返してみても……自分、本当に読んだのか?というくらい、ストーリーはおぼえていませんで(汗

 どれくらい忘れていたかってえと、これが、かろうじておぼえていたのが、やむにやまれず食料品の盗みに入った主人公が、すっころんでいるという場面の、その挿絵くらいだったという……それくらいは忘れてましたねえ、というレベル。


 まあ、それでも、その絵だけでもおぼえているだけ、つまり、手に取って開いてみたくらいのことはあるのでしょう、というところ。

 まあ、おかげでまったく初見の未知の作品を読んでるくらい楽しめたので結果オーライですが(笑


 ちなみに内容的には……そうですね。

 動物物語というのはわりとパターンがはっきりしている場合が多くて、両極端は家畜と野生。前者の代表?にはたとえば『名犬ラッシー』なんかがありますが、後者はシートンとか椋鳩十とかのいくつかの作品みたいなそのまんま野生動物をあつかった作品……とかでしょうか。

 もちろん、白黒ハッキリしたものだけではなくて、要はその両極端のあいだに、いろいろ濃淡のバリエーションがあるのだと思いますが……

 そのバリエーションにもわりとありがちなパターンはあるようなないような気がして、わかりやすいところで、“一時的に仲良くなった野生動物を、やがて、「森にお帰り」”なんてパターンは、かなりよく見かけるタイプかと(前にも触れた『REX』とか『Coo』もつまりこれですわね)。

 あえてというなら、本書もそれ系?

 というか……

 長年いっしょに暮したオオカミを、ハンター・警察etcによる捜索・追跡を逃れつつ、生まれ故郷の北の森林(狼保護区)までおくりとどけてやるという……ああ、これ、『の●太の恐竜』ですわwというかナントイウカ(笑


 なのでストーリーそれ自体も、それはそれでおもしろいのですが……

 それより何よりおもしろかったのは、父子関係の東西というか日米差。

 先だっては社会思想について、フランスのエクトール・マロと、アメリカのエレナ・ポーターだと、お国柄が違うよね的な話をしましたが……親子関係、父親像みたいなものにも、当然、やっぱり、お国柄はありますよねえ、というところ?


 たとえば――せっかく名前をだしたので比較用の例にあげますが――先述の『のび●の恐竜』の場合、あくまで親にナイショの大冒険。もしも親バレした日には、あぶないからやめなさいととめられてもおかしくないというか、そうなるのがふつうかな?と思われる、やさしい日本のマイホーム・パパさん&ママさんなわけですが。

(もしくは、いっそパパもついていく――保護者同伴の大冒険――というのも、日本的にはありなパターンでしょうか。家族総出とかになると、どちらかというと劇場版クレヨンナントカの世界かもしれませんが……そっちは視聴したことないので知りません汗)


 一方、メル・エリスの本書の場合、そりゃ、まあ、野比家とちがって、子どもといっても15歳、日本でいうなら中学三年、もうじき高校生くらいの年齢設定だったりとか、クロスカントリーの優勝経験があるだとか、いろいろエクスキューズは用意してありますが……

 それにしたって「人食い狼」というあらぬ濡れ衣を着せられたせいで、トリガーハッピーな警察やらハンターやらにつけ狙われているオオカミといっしょという、一発だけなら誤射かもしれないシチュエーションで、人目を避けて、野宿を重ねて徒歩での大移動という危険な旅に、親 公 認 で単身(一人と一匹)挑むわけですから……それを送りだす親父というのも、なかなか気合の入ったおとっつぁんなわけです。

 あくまでフィクション。あんな治安の悪い――といわれている――国で、それを許可する親が現実にはどれくらい実在するのか、うたがってみることはできますが……それにしても、フィクションのなかとはいえ、理想的な父親像の一種として、こうした父親の選択や行動が描かれ、読者に受け入れられるのが、つまりメリケン文化なのか、と、思うことはできるわけで。どうしてなかなか新鮮だったわけです。


 ちなみに、巻末の訳者解説にいわく、



――――(引用ここから)――――


 ラセットの父が、なぜこの危険な旅を許したか? 日本なら、おそらく止められていたことだろう。だが、今でも開拓者精神の旺盛なアメリカでは、むすこの意志、主張を尊重し、仕事に責任を持たせるために、思いきってやらせてみる場合が多い。

(メル・エリス『走れ!白いオオカミ』巻末、久米元一「作者と作品について」より)


――――(引用ここまで)――――



「やらせてみる場合が多い」ってそこまで断言していいのか、あくまで出羽守のいうことか……と、一応、念のため、眉に唾はつけておくとしても。それでも、やはり、なかなかおもしろく、考えさせられる日米比較ではあったわけです。

 当方自身、およばずながら童話・児童文学(のような何か)を書きつつあり、いきおい“父性”の問題にも無関心ではいられないのであってみれば、なおさらでした。


 ついでにドロシー・エドワーズやジェームズ・バリ、なんならフィリパ・ピアスなんかも一部くわえてもいいかもしれない、英国作家の描きだす父親像なんかとも、比べてみたいところかもしれません?

「あのハンカチはパパのだぞっ」みたいに、子どもと同じ目線で権利主張してケンカしてしまう、フィリパ・ピアスの某短編の父親キャラなんか、日本人から見れば大人げない幼稚なダメパパにも見えるかもしれませんが、実は根底には、所有権・財産権は自由主義の根拠、みたいな思想ももしかして……なんてことは、さすがに、ないですかね(笑


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