表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
童話についてアレコレ  作者: 七瀬みる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/30

インナーチャイルド

 例によって誰だったか、いつどこで読んだのかおぼえてないアヤフヤな話で恐縮ですが……


 むかしむかし、あるSF作家だか翻訳家だかの人たちが、児童文学畑の人たちと対談だか座談会だかをしたことがあるそうで……その座談会自体は、当方、未読ですが、そのあとになって、SFがわの人たちがエッセイだか何だかを書いていたのを、読んだ記憶があります。

 いわく、児童作家はオソロシイ、アクマだ、あれにくらべりゃSF作家なんて無邪気な善人ぞろいのお子ちゃまだねぇ……みたいな話でした。


 それというのも……


 児童文学の話ですから、SF作家のがわが、子どもに読ませる~とか、子どものために~とか、比較的常識的な良識的な言い方をしたところ、それをきいた児童作家サイドが口をそろえていったのが「子どもはアクマだ」「おれは自分のために書いている」「子どものためになんて書いてない」とかなんとか放言の数々だったとか……

 純文学ザセツ体験のせいでヤサグレてんのかなあ、と、その報告を書いてたSF作家さん(だか翻訳家さんだか)は書いてたような気がしますが……さて、それだけの話か?


 ジュンブンガク云々とかいう勘ぐり方自体、純文学(大人向けの)より、児童文学を下に見ているような先入観・偏見の産物ではないかという気がしないでもないですし……

 それよりなにより、ほかでもない、あおげばとうとしココロのシショー佐藤さとるさんも、(以前、この連載でも長崎源之助さんとの対比で言及したことがあったように)、「子どものため」という児童文学観に批判的な意見のもち主だったりもしたわけで……

 上記の児童作家も(だれだか知りませんが)、たんにナナメにかまえてスネてヒネクレているだけではない、かも、とは、思ったりしないわけでもなかったりもするわけです。

(ちなみに佐藤さんの児童文学観は、「子どもにも読めるように配慮した文学」みたいな感じだったかと思いますが……それは今回、本題ではないので、おいておいて……)


 それでは、あらためて――いい歳した大人が、あえて童話・児童文学を、大人であるはずの自分のために書くというのは、どういうことか?


 いまとなっては、名前すらもわからない、当方の記憶違いの可能性もあってみれば、実在するかどうかもわからないような、児童作家が、なにを思ってそんなことをいったのか、知る由もないわけではありますが……

 それはそれとして。

 はばかりながら当方だって、童話(のような何か)を書いているハシクレのカザシモのひとりではあるわけで、したがってひとごとではない。

 というか、当方だって、よくよく考えてみれば(みるまでもなく?)、子どものために書いているかどうかアヤシイもので……

 なんとなれば、Web小説なんてものを、リアルがきんちょの皆々さまが、そうそう大挙して読みにくるとも思えない、わけですから(笑


 それでも、なぜ書くか?

 どうせだれも読まないのに?


 つまるところが、やはりどうにも「自分のために」書いているという面は、否定できなかろうと思うわけです。

 まー、それ自体は、童話にかぎった話でもないとは思いますが……

 自分のために書いているはずの作品が、なぜよりにもよって、童話であり児童文学なのか?という問いは、依然として残るわけです。


 で、まあ、結論的な仮説からいってしまえば、つまるところ要するに、この場合の「自分」というのは、大人であってオトナではない。

 この連載でもとうのむかしにイニシエーション不全についてふれましたが……

 当方ごときは、しょせん、大人のナリソコナイ。いわゆるひとつのACアダルトチルドレンのたぐいにすぎなかろうというようなわけで……

 自分というコドモ、自分のなかのコドモ。

 リアルがきんちょではない、自分自身の内なるガキンチョ――インナーチャイルド――のために書いているのだ、とでも、考えておけば、いちおうの筋は通るように思うわけです。


 インナーチャイルドなんていうとあっというまにスピリチュアルだのヒーリングだのいう話になりがちでうさんくさいと思われる向きもあるかもですが……

 しかし、たとえば、先だってもふれた大河原美以さんの『子育てに苦しむ母との心理臨床 EMDR療法による複雑性トラウマからの解放』(名著)あたりの、自我状態、とかいう方面から接近するとするならば、相応の説得力は担保できるのではなかろうか……などとも思ったり。。(大河原さんの場合、自我境界の文化差があるということで、自分の中の別人格、みたいには日本人はなりにくいという…ニュアンスの違いは大きいですが)


 ちなみに、その流れ(でもないか?)で、いちおう、ジョン・ブラッドレーの『インナーチャイルド』なんかも読んでみましたが……


 んー。まあ、それは、ねぇ。


「はい」が10個以上あったらカウンセリングが必要です~とかいうセルフチェックがいくつもでてきますが……当方なんか片っ端かたあてはまりまくるわけで。

 というか、むしろ、これ、あてはまらないやつなんて、いるの?みたいなレベルのチェックリストじゃないのかというか……

 診断自体はまだしもとして、そのあと、じゃあ、どうするかといえば、催眠誘導の「ワーク」だの「エクササイズ」だの、あげく、オトナの自分が自分の中の子どもを癒すだの……いや、ACなんてオトナになれないから困ってんのに、そのチャイルドに「オトナ」の役をやれとかそもそも無茶ぶりじゃね?というか……

 いろいろ違和感もないではないですが(笑


 それでも、いろいろカッコに入れたうえでなら、やっぱり、ここには「何か」あるというか、完全に捨て去ってしまうにはオシイとくらいは思わせてくるのが、インナーチャイルド、ワンダーチャイルド、アダルトチャイルドあたりの概念装置でもあったわけです。


 特に、終盤のワンダーチャイルドの創造性とかになってくると、やはりなかなか無視できない、魅力というか高揚があったりなかったり……。

 ヒーローズ・ジャーニーだのヴァージンズ・プロミスだの、ユング心理学に根差した物語類型に関心のある、物語作家のハシクレのカザシモとしては、なおさらです。


 実際、ブラッドショーの前掲書には、ユングもキャンベルも登場しますし……

 神話に登場する「チャイルド」の物語類型として、ブラッドショーが紹介している「捨て子」の物語など、キム・ハドソンのヴァージンの自己実現とかなり似ているようにも思います。

(しかも当方の処女作だって先日言及したように「迷子」だったわけですしね…)


 考えてみれば、ヒーローにしても、ヴァージンズ・プロミスにしても、ユング的な原型を云々するなら、母性や父性のほか、「子」=チャイルドの原型にだって、当然、注目していいわけでもあるでしょう。

 チャイルドの元型というと、むかし、河合隼雄なんか読んだときには、「永遠の少年」として否定的な側面ばかり強調されていた気がしないでもないですが(うろ覚え)……

 しかし、ふだんから両義性両義性とか念仏となえる河合センセー。

 当然、チャイルド元型にだって、ダークサイドだけでなく、ライトサイドだってあるわけでしょう?

 そこに注目するのが、ブラッドショーの「ワンダーチャイルド」ということで……



――――(引用ここから)――――


 ワンダーチャイルドの元型は、魂の新生を呼び覚まします。その元型は魂の変容欲求を象徴しています。ワンダーチャイルドは、私たちを捨て子の物語に登場する神の子へと導くのです。私たちを過去のただの子ども以上にしてくれるのです。私たちの物語のすべては、神の子であった捨て子のヒーローあるいはヒロインが、真の自己を発見する旅をしていることを物語っています。

(ジュン・ブラッドショー『インナーチャイルド 本当のあなたを取り戻す方法 改訂版』より)


――――(引用ここまで)――――



 そして少年は大人になる……なんて、キャンベル的なヒーローズ・ジャーニーのスタートラインに立つためには、まずもって「少年」にならなければならないわけでもあるでしょうし……

 神話の捨て子が神の子になり、傷ついたインナーチャイルドが喜びの源泉としてのワンダーチャイルドになる……という、その過程もまた、やはり、物語的なものなのかもしれません。というか、なのでしょう(ユングだの元型だの云々している時点ですでに)。

 

とすれば、「書く」という行為自体が「ワーク」だの「エクササイズ」の代替になるということも……見やすいというか、わりと通俗的にもわかりやすい話ではあろうかと。

 もっとも、ブラッドショーの本にも、幾人か作家の事例がでてくるわけで……AC的な作家の末路ってたいていごにょごにょだったりすることを思えば、どれほど有効な「ワーク」なんだか、知れたものではない気もしないでもないですけどね(笑


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ