処女作改稿――「おかあさんの桜」について――
当方がいちばん最初に書いた童話(のような何か)は「おかあさんの桜」です。
2025年の春ごろだったでしょうか。
元は12000字ほどありました。
不出来は承知のうえで、ただ思い入れだけは深かったので、そのままにしていましたが……
このほど、1年未満ぶりの2026年2月、思うところあって全面改稿、8000字ほどになりました。
もともとは、広い意味で「迷子」の話を書こうと思ったのでした。
以前、この連載でも書いたような、イニシエーションの不全感。
あるいは、インナーチャイルドとでもいうべきものか、知りませんが……
父性との対決みたいな少年期のイニシエーション以前なら、幼年期の母性が前面に出てこざるをえまいというか、まあ、そこまで理屈っぽく考えたわけではないですが、シンプルな“母恋い”のモチーフ。母をもとめてさまよう迷子、というのが、一種の自画像――というとキモイかもですが――まあ、「自我状態」のひとつとして、意識されたのかなー、と、思います。
思いますが……
書きはじめると想定外のことがおこるのがオハナシというもので(笑
きゅうに「おばさん」――あたらしい母親なんてものが登場してきて、こまったわけです。
義理の母親とのドラマといえば、定番なのは、長い否認バトルのはてに、やっと「おかあさん」と呼べるようになりましたメデタシメデタシというやつですが……
しかし、その道のりはどーしたって平たんではない。
平坦かつアッサリと、ママママなついてしまったら、実母・元ママ・産みのママンの立場は?という話にもなるわけで……
なので、「おばさんはおばさん」「おかあさんはおかあさん」と、区別にこだわる展開になり……
そのうえで、どうケジメをつけるかという、初期稿では「その後」のエピローグ的な場面があったりもしました。
でも、まあ、蛇足なんですよね、たぶん……
思い入れだけで残してあった場面ですが、客観的に見るなら、やっぱり、余分。
あるいは、そこをとりこんでさらに上位の展開をふくらませてまとめあげるには、当方のほうが力量不足。
ということで……
思うところ云々で、まずはその蛇足部分をカット。
その他もいろいろ、「削れ」という……平塚武二大師匠の教えではないですが、文章その他、だいぶ、整理したわけです。
整理したうえで、あらためて、読み返してみると……
あー、前回、さらっとお名前をあげた、臨床心理士の大河原美以さん。
初期稿執筆当時には、まだ、読んでなかったような気もしますが……
その後、読むようになったのも、必然だったのか、と、思えるような……
つまるところ、これ、アキちゃんが「ちゃんと泣く」ためのオハナシだったのかしら、などと思った次第。
愛着対象の喪失
↓
精神の危機
↓
援助者登場
↓
安心・安全の提供
↓
「ちゃんと泣く」
↓
夢≒情報の再処理
意識したわけでもないですが、全体の構成が、なんとなく、そんな感じにはなっていないこともないような気がしないでもありません。
たんなる後付けというかコジツケというか、手前みそともいうかもですが(笑
まあ、よかったら読んでみやがれください、というところです。
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