三百話突破記念:三分の二歌仙ラジオ
「さぁ、始まりました!」
辰巳が共有スペースの扉を開けた瞬間、しばらくその場で停止していた。いつもの部屋がどこにもなかったからだ。周りに部屋の中にはスタジオのような空間が出来上がっており、海人が難しそうな機械をいじりながら顔だけ辰巳の方へ向いた。
「あ、辰巳さんお帰りなさい!」
「……なんだこれ」
状況をいまいち把握できていないところへ、しのぶがやってきた。だが、いつもとは違いサングラスをかけている。
「やぁやぁ辰巳さん、お帰りなさい」
「ただいま、って、何してんだよしのぶくん」
「何って、新しいラジオを始めようとしているんだ」
しのぶは自らを『プロデューサー』と名乗り、ラジオ番組を始めたいそうだ。身に着けているサングラスがどう見ても辰巳の部屋から持ってきたスペアにしか見えないということは言わないでおこう。一枚の扉を挟んだ向こうには、花、天つ、ちはやがヘッドフォンをし、近くのマイクに口を近づけながら何かを話していた。
だが、マイクはオンになっていないようだ。どうしたのだろうかと海人に聞く。
「なぁこれ……マイクがオンになってないんじゃないか?」
「大丈夫です。これはこの環境に慣れてもらうためのリハーサルなので」
「環境?」
「お三方とも辰巳さんと同じ反応をしていたので、皆さんで強制連行したんですよ。ほら、三人とも椅子に縛りつけられてるでしょう?」
「思ったより強引じゃねーか!」
よく見ると三人の顔にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。いったいどんな脅しをかけられたかは想像するだけでも怖いため、買い物袋をその場に置いてから大人しく扉を開けた。
「最近、花さんは新しい服を買ったとか――」
「えぇ、また買ったの?――」
脅されているとはいえ、まったく緊張している感じではない。やはり元から仲の良い三人なので話を弾ませることは決して苦ではないのだろう。
(それにしても全員顔が良すぎてまともに見れねぇな。なんで俺も声出す側なんだよ……)
空いていた席に着席すると、海人が手元の機械を操作してこちらに向かって手を出した。手の動きからしてマイクの電源を入れたのだろう。ヘッドフォンの中で、花の声が響いた。
「さて、始まりました。第一回『六歌仙ラジオ』!」
「いえーい」
「六歌仙ラジオ⁉」
驚愕して手元にあった台本らしきものを見ると、確かにそう書かれている。確かにこの面子に自分が入るとすればそれが一番腑に落ちる。だが、いくつかおかしな点があった。
「どうしたんですか辰巳さん、そんな驚いた顔して」
「いや、おかしいですよ天つさん。第一、百人一首の中では六人そろってないですし!」
六歌仙というのは、和歌に優れた六人の者たちである。今ここにいる四人は全員その六歌仙に選ばれている。その中には大友黒主という歌人も入っているが、彼はの歌は百人一首に選ばれていない。これでは『六』歌仙とは言えないだろう。
「これはだめですよ!というかせめて山風さんも誘ってあげてくださいよ!」
管理番号No.22の山風の主、文屋康秀もその一人だ。だが、山風が入ってくる気配は一向にない。
「それは……まぁ、いいじゃないですか」
「スケジュールとか合わなかったので……」
「仕方ないよね」
「そういう時はこっちが合わせるんですよ!」
「さて、まずはお便りコーナーです」
(こういう時何も言い返せない俺が恥ずかしいわ)
陽気なBGMが過ぎ去り、花が透き通った声で手元のはがきを読み始めた。
「まずは、館にお住いの、ニックネーム『顔出しNG』さんです」
「えーとなになに……?『僕の近くには、極道の総長という疑いがある人がいます。そんな人が近くにいた場合、どうするのが適切でしょうか?』だそうです」
天つが読み終わったと思うと、急に辰巳は胸のざわつきを始めた。本当かはわからないが、おそらくの話だ。もしかして、自分の知っている人かもしれない。
「ちはや君、これ、どう思います?」
「うーん、とりあえず通報したらいいんじゃない?」
「それはだめだっ!」
いきなり大声を上げたため、周りがシンとする。少しの恥ずかしさを感じながらも、ふとスタジオの外に顔を向けると腹を抱えながら大爆笑をしている此のがいるではないか。違和感が確信に変わり、自然と拳が強く握られていた。
「やっぱりそうか……」
「辰巳さん、心当たりが?」
「……まぁ、はい。でも、通報はせず、まずは本当にその人が極道かどうかを判断する必要があるんじゃないかなって思いました」
いつもとは違う透き通った声とは裏腹に、顔は恨みに満ち溢れている。立ち上がろうとも思ったが、いつの間にか三人と同じように椅子に縛りつけられていることに気づいて大人しく座った。
(アイツ、後で覚えとけよ……)
「続いてのお便りです。館在住の、ニックネーム『長月』さんからです」
「住んでるところ同じなんだから言う必要ないだろ。ていうかラジオ番組に本名使うな!」
ちはやが気だるげそうに文を読み始める。
『皆さん、こんにちは。自分の父親を名乗ってくる不審者がいるのですが、気持ち悪くて仕方がありません。通報した方が良いでしょうか?』
(この館の人たちそんなに通報するのが好きなのかな……?)
管理番号No.21の長月の父親を名乗ってくる者と言ったら、もう一人しかいないだろう。突如、となりにいた天つが両手で顔を押さえだした。
「どうしたんですか?」
「……私は不審者じゃありません。ちょっと後をつけてみたり匿名でメール送ってみたりしただけなんですぅ……」
「何にも言ってないのに自白しやがった!というか不審者というよりかはただの変態じゃねーか!」
いつもならこういう時、花やちはやが何か言って慰めるはずだ。だが、その様子はなかった。疑問に思って正面を向くと、二人とも死んだ目をしているではないか。
「ちょっと、お二人さん……?」
「長月さん、この方は通報してよいと思いますよ」
「僕も同じく」
とどめの一言を喰らったこのにより、椅子ごと横転した天つは取り残されたまま次へ行った。
「館在住の、ニックネーム『荒らし嵐』さんからのおたよりです」
「え、これって……」
『皆さんこんにちは。なんだか楽しそうですね。僕、今日の予定もないのに。何で呼んでくれなかったんですか?(以下省略)』
四人の心は急にざわつき始めた。山風にはこのラジオのことを伝えていないはずだからだ。なのに、どこからこのはがきが来たのだろうか。突然、しのぶが大声を出した。
「早く逃げて!」
「え、どうして……」
「怒った山風さんがものすごい顔でここに入ろうとしてる!」
「え、えぇ⁉」
耳を澄ますと、今まで聞いたことのないような恨めしい声が聞こえるではないか。一同は立ち上がるが、椅子から縄がほどけない。とりあえず後ろにあった扉をくぐり、椅子を体に密着させた四人はできる限り部屋の隅にうずくまってその場をやり過ごした。
その後、『六歌仙ラジオ』は初回からの放送事故により二度と放送されることはなかった。
番外編を呼んでくださり、ありがとうございました。まだ本編は続きますので、せひそちらもよろしくお願いします!




