二百話突破記念:飛鳥・奈良の水鉄砲バトル
番外編は本編の一話と比べたらとても長いです。セリフ多めです。
「あのー、露さん?なんで僕たちはこんなところにいるんですか?」
夏来が顔の汗を拭きながら見上げた風景は、生き生きと風に揺れてそびえたつ竹が多くある場所だった。ここは、館の領地にある竹藪だ。空の見えぬほど高い竹たちを背景に、露は腰に手を当てながら話し始めた。
「やってきました!第一回、水鉄砲バトル大会ッ!!!」
「「いえーい」」
「フーッ!」
「何するんですか?」
「……」
「うぅ……」
夏来はそれぞれの反応をうかがってから携帯を取り出し、素早く番号を入力した。かけたのは天皇会議でよく会う雪だ。
『もしもし、夏来さ――』
「ツッコミの派遣をっ……」
わけのわからない要求に雪は返答に困ったが、状況を聞くなりクスッと笑った。
『いいじゃないか。楽しそうだよ』
「そんなこと言われても……」
『まぁ、やってみれば楽しいと思うよ』
濁されたような回答をされたが、それ以上言っても同じような事しか返ってこないので諦めて電話を切った。
「夏来君、電話終わった?」
「はい」
「じゃ、ルール説明するね。水鉄砲を使って相手に水を当てるだけ!それで、たくさん当たった人の負けだよ」
ふと、高嶺が手を挙げた。何か聞きたいことでもあるのだろうか。露がいつもの倍くらいのテンションで指すと、顎に手を当てながら質問をした。
「はーい、最下位になった人ってなんかあるんですか?」
「よくも聞いてくれました!」
「日本語間違ってますよ」
「最下位になった人は流しそうめんで使う竹を割るのを僕と一緒にやってもらうよ」
(無視しやがったな)
途端に空気が一変した。皆真剣な表情で露を睨んでいる。それと対照的に露の表情はどんどん明るくなっていった。
「水鉄砲は倉庫にあるものから好きなのを取って行ってね。あと――」
一人一枚、Tシャツが配られた。白い無地のものだ。
「何回水が当たったかがわかりやすいように、皆これに着替えてね」
数分後――
緊迫した状況の中、バトルは始まった。始まってしまった。夏来のは露骨に嫌そうな顔をしている。そんなの当たり前だ。
(なんだこのTシャツ……)
無地だと思って着た後に鏡を見たら腰が抜けるほど驚いた。黒の明朝体で『私がルールそのもの』と書いてあるのだ。恥ずかしくて足が進まない。だが、着ていないと露がどう言うかわからないのでしぶしぶ着た。
「まったく、この状態で人と会ったら恥ずか死――」
「あっ」
「……ギャーッ!!」
遅れて悲鳴を上げた。目の前に見える竹からいきなり露が顔を出してきたのだTシャツには大きく『息子たち 跡継ぎ争い もうやめて』なんて俳句が書かれている。水鉄砲を向けながら、夏来は思うがままに言った。
「露さん!何ですかこの服!」
「面白いじゃん」
「恥ずかしいんですけどっ!」
引き金に手を置いた瞬間、露は右手をまっすぐと伸ばしながらキメ顔で言い放った。
「おっと夏来君、僕に触れると火傷するよ――ギャーッ!」
セリフの途中にもかかわらず、夏来はどこからか出したバケツの水を正面から浴びせた。一瞬で全身がびしゃびしゃになった露は少しだけ涙目になりながら叫ぶ。
「何が起こった⁉」
「あ、すいません。火傷するみたいなので消火しときました」
「さては僕のこと嫌いだな?……お父さん、悲しいっ!」
「誰がアンタの息子だ」
何やら悲しんでいる露を置いて夏来は別の場所に向かって走り始めた。
露:二ダメージ(体に一撃、心に一撃)
(どうする、俺は今、最大のピンチに立ち向かってる……)
うっすらと冷や汗をかいていた、『ぬいぐるみないと寝れないタイプ』というTシャツを着たしだりの前にいたのは、『一日に泣く量5L』のTシャツの紅葉だった。彼が持ち歩いている鹿のぬいぐるみ、黄葉もちゃんと防水バッグに入っている。
しだりはとにかく迷った。友達である紅葉を撃ったら、どんな反応をされるだろうかと。やはりすぐに泣いてしまうだろうか。嫌われてしまうだろうか。そんなことを想像するとますます撃てなくなる。呼吸が荒くなっていくのを感じた。
(どうする、どうすればいい、この勝負はこの先の友情にも影響してくると思って露さんの話を真剣に聞いていたが……一番最悪なパターンに出会ってしまったッ!)
しばらく考えたのち、しだりは体の方向を百八十度回転させて背を向けた。
「ごめんっ、紅葉。お前を撃つことはできない……!」
苦しい気持ちになりながら走り去ろうとするが、ふと冷たい感触が背中に来た。驚いてそのまま前へ倒れこむ。
(クソッ……俺はここで終わりか)
倒れたしだりの後ろには、銃口を下ろした紅葉がいた。カバンから黄葉を取り出してしだりとは逆方向に進んでいく。
「ど、どうしよう、黄葉。しだりさんに嫌われちゃったかもしれない……。あとで謝らないとなぁ……」
しだり:三ダメージ(体に一撃+自爆)
竹を伝いながら、『飴と塩辛は混ぜてもいいじゃない』とある高嶺と『七夕は俺のもの』と書かれたTシャツの鵲は戦いが激化していた。高嶺はリーチの長いライフル型に対し、鵲は傘の形をしているものだ。互角の戦いの中で、正面にいた鵲が高く舞い上がると竹に掴まる。右手だけを離してひたすら連射し出した。
だが、高嶺も負けずにすべてかわしながら鵲へ銃口を向ける。鵲のいる場所には一般的に水は届かないが、高嶺の力によって強引だが何とか届いている。
(フフフッ、高嶺さんったら表情が険しいなぁ)
(鵲君……やはり強いな)
瞬きをした瞬間、高嶺の視界からその姿を消した。星を宿したような目の持ち主だ。すぐにわかるはずだが、どうしても気配がわからない。ふと、高嶺の背中には空洞のある筒のようなものが当たった。すぐに、それが水鉄砲の銃口だということがわかる。
「高嶺さん、今動いたら……わかるよね?(服、どうしちゃったんだろう)」
「鵲君、君もだよ(服ダサッ)」
焦った表情とは裏腹に、高嶺もいつの間にか鵲の腹辺りに銃口を当てている。――あたりが沈黙に包まれた。両者の手が震える緊張の瞬間、急に二人は背中に冷たさを感じた。二人がお互いに銃口を当てたところではない。ちょうど背中の真ん中あたりだ。目を見開きながら、二人は膝から崩れた。
高嶺:一ダメージ(体に一撃)
鵲:一ダメージ(体に一撃)
数分後――
あっという間に制限時間が過ぎ、最初の所に戻ってきたころには皆の服はびしょ濡れになっていた。すっかり疲れた様子の露が結果発表の準備を終わらせ、皆の前に現れた。
「結果発表しまーす」
(お願い……)
(竹割りはやりたくない……)
(早く帰りたい……)
(しだりさんに謝らないと……)
(紅葉、本当にごめん……)
ついにその時が来た。皆が緊張する中、何やら足音が聞こえてきた。そちらを向くと、そこには笹の葉まみれになった月の姿があった。Tシャツには『↑迷子です。助けてください』と書かれている。光が当たると月明かりにも見える色の髪を触りながらため息をつく。
「あ、皆やっと見つけた~!」
「ちょうどよかった。今回の優勝者は月君だよ」
「「「「「えぇっ⁉」」」」」
全員が声をそろえて驚いた。そういえば、姿が見当たらなかったなと思う。
「いや~、蚊に刺されそうになって必死に逃げてたら迷子になっちゃって……途中で高嶺と鵲君にも会ったけど、竹の上でも蚊が寄ってきて逃げてたんだよねぇ」
「じゃあ、始めの狙撃って……」
二人は、緊迫した状況の中で同時に背中を撃たれたことを思い出した。
「こっちに気づかせようと思って撃ったんだけど、その瞬間に蚊が寄って来ちゃって……」
「なんて都合の良い……!」
こうして、七人による水鉄砲バトルは幕を閉じたのだった。
そして、月以外は全員同じ数だけダメージを受けたため、六人で竹割りをした。露がそうめんを流すふりをしてすべて食べていたり、しだりと紅葉が土下座の綺麗さで対決をしていたり、高嶺が流れている水の中にメロンソーダを入れて全員を気絶させたのはまた別のお話。
番外編を読んでくださり、ありがとうございました。これを機に百人一魂を知った方は、ぜひ本編もご覧ください。