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第21話 百日間通います

図書館の前で別れた後も、光哉の胸の奥には遥の冷たい声が残響のようにこびりついていた。

「……私の勝手な思い、か」

自嘲にも似た呟きが唇から漏れる。

それでも諦める気持ちは微塵もなかった。

確かに時期尚早だったのかもしれない。まだ数回しか会っていないのに今の君に惹かれていると言われても彼女も戸惑うだろうし、私自身を知ってもらう努力が必要だったなと反省をした。


図書館の前で別れてから3日が経った土曜日の午後、古書店の入口のベルが軽く鳴った。

涼やかな鈴の音に顔を上げると、そこに立っていたのは――朝倉光哉だった。

白いシャツの袖を折り、淡いグレーのズボン。相変わらず無駄のない所作で、静かに戸を閉める。


「今日はいらっしゃいましたね」


いたずらっぽく笑いながら言う彼に、遥は淡々とした表情で答える。


「いらっしゃいませ。今日は、お探しの本でも?」

「いや――あなたに会いに来たんです」


光哉はカウンター越しに視線を落とし、やわらかな笑みを浮かべた。


「先日、会いたくないとお伝えしたつもりだったのに、会いに来ただなんて、よく平然と言えますね……お客様としてなら対応します。」


光哉は肩をすくめ、真剣な眼差しで言った。

「もっと私のことを知ってもらいたいんです。私を知ってもらったうえで、結論を出してほしい」


遥は返す言葉を見つけられず、ほんの少しだけ眉間にしわを寄せた。

「……!」


光哉は、少し考えるふりをしてから口を開く。

「――これから百日間、毎日あなたに会いにここへ通い続けますよ。そうすれば、私の気持ちも伝わるはずだ」


思わず遥の口から皮肉が漏れる。

「小野小町のもとへ通い続けた深草少将みたいに? まさか、本気でそんなことを?現実的ではありませんね」


冷たく返したつもりだったが、口元がわずかに緩んでしまう。

彼が大げさに真剣な顔をしているところに滑稽さを感じてしまったからだ。

おそらく彼も半分は冗談なのだろう。


光哉はその反応を見逃さず、ふっと柔らかく笑った。

「確かに、毎日は現実的じゃないかもしれませんね。それなら――三ヶ月間、毎週土曜日。ここへ通い続けます。それでどうでしょう?」


遥はすぐには返事をしなかった。

ただ、胸の奥で小さな灯火が揺らめくのを感じていた。

彼に会うといつも胸の奥が、痛いほど熱くなる。それは紫の上としての記憶が反応しているのか?それとも、今の自分が、朝倉光哉に惹かれているのか?遥自身にも判然としていないが、おそらく前世の記憶によるものだろう。

今の朝倉に惹かれるほど、彼女はまだ彼のことを知らな過ぎるし、ただ好意を抱いている人に会うだけの感情にしては、あまりにも複雑で痛みも伴うのだ。

痛みの伴うこの複雑な感情と向き合うことと紫の上としての記憶がフラッシュバックするのが、辛くて彼に会うことを拒んでいたが、完全に彼を拒絶したいのならあんなに悩むことはなかった。

性急に答えは出せそうにないけれども、お互いを少しずつ知って結論を出すという考えには賛成だった。


それに彼との今のようなやり取りは、なんの憂いもなく彼と過ごしていたころのことが思い出されて楽しかった。


「……ご勝手にどうぞ」

そう言うと、遥は視線を本へ戻した。しかしその表情は柔らかかった。


→22話に続く

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