第20話 あなたに愛されることが私の幸せではない
図書館の階段を降りていく学生たちの笑い声が、遠く霞んでいく。
光哉はゆっくりと口を開いた。低く、しかしはっきりとした声で。
「……私は、あの頃もずっと、あなたを愛していた。あなたほど、私を理解してくれた人はいないし、あたなほど、私が心を許し、愛した人はいない。前にも言ったけれども、あなたは私にとって本当に唯一無二の存在だったんだ。」
遥は顔を上げる。その瞳に映る彼は、どこか懐かしく、そして苦しげだった。
「あなたを失う前に――なぜそれを改めて伝えなかったのか。
あなたを幸せなままで逝かせてやれなかったことを……ずっと、ずっと後悔していた。
あなたを失ってから、私は抜け殻のように生きていたんだ。」
光哉は視線を落とし、拳をわずかに握りしめた。
「だから、信じていた。必ず生まれ変わって、もう一度あなたに会えると。
その時には……ただあなたを愛し、あなたを幸せにすると、何度も誓った。
……でも、最初に生まれ変わったとき、あなたには巡り会えなかった。やはり、あなたは私を許してくれていなかったからだったんだね。だから、今世こそ、ただあなたを愛し、あなたを幸せにしたいんだ。」
夕暮れの光が二人を包み、沈黙が再び落ちる。
遥は唇を噛みしめた。胸の奥で、何かがほどけそうになる。けれど――怖い。
――また、同じように愛して裏切られたら。
――また、あの痛みに呑まれてしまったら。
視線を逸らすと、夕陽が地面に長く伸びた二人の影を結んでいた。
遥は、再び彼を見つめて冷ややかな声音で返した。
「……あなたの勝手な思いをぶつけられても困ります。私の幸せは、あなたに愛されることだとどうして思い込むの?あなたに出会う前の方が、こんなに心をかき乱されることもなく心穏やかに過ごせていたわ。」
光哉は言葉を探すように唇を開きかけたが、声にならない。
遥は視線を逸らし、淡々と言った。
「今日のところは、もう帰ります」
感情の昂ぶりで敬語を使うことを忘れていたことに気が付いた。
背後から呼び止める声がしたが、もう振り返らなかった。
21話に続く




