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第16話 先輩を好きになれたら

「結局、一泊伸びちゃったな。すまん、遥。仕事、大丈夫か?」


新幹線の座席に深く身を預けながら、新藤は少し気まずそうに言った。彼の視線は車窓の向こう、流れる青い空と緑に向けられている。


「大丈夫です。スケジュールには、余裕を持たせてたし……。それに、こうやって一緒に行けて、よかったです。」


遥は微笑んで答える。だが、その笑みの奥に、どこか沈んだ影があった。


新藤がちらりと視線を向ける。視線の先、遥の手元には、さっきまで見つめていたスマートフォンがあった。小さく伏せられた画面は、朝倉光哉からのメールの通知で震えていた。


『話したくないなら話したくないでもいい。何か一言でもいいから返事をください』


──短い文面だったが、遥の胸はざわついていた。


気づかれたくなくて、息を殺すように視線を落とす。だが、気づかないふりをしてくれると思っていた新藤の言葉が、柔らかく心に触れた。


「……顔色、あんまり良くないな。ちゃんと寝た?」


「はい……昨日は、少しだけ寝不足で」


遥の返事に、新藤は黙って、テーブルの上のペットボトルの水を押しやる。


「ほら、ちゃんと飲んどけ」


その一言が、無性に優しくて、遥の胸を締めつけた。


こういうところだ。新藤の、こういうところに、何度も救われてきた。

必要以上に踏み込んでこない。でも、放ってもおかない。自分のことより、遥の体調を気にしてくれる。


「先輩って、昔からそうでしたね」


「……何が?」


「人に優しいっていうか、気にかけすぎるっていうか」


彼は少し目を丸くしたあと、照れたように眉を下げた。


「いや、別にそんなつもりはないけど……。まあ、部活とかでは、まとめ役みたいなことしてたからかな」


「ふふ。似合う。絶対、後輩から慕われてたでしょ」


「さあ、どうだろうな。面倒見てた記憶はあるけど、慕われてたかは微妙だな」


そんなたわいない会話のなか、東京が近づいてくる。窓の外には、徐々に高い建物が増え、空の色が少しずつ変わっていった。


(……新藤先輩のこと、好きになれたら、どれだけ楽だったんだろう)


思わずそんな考えが浮かんで、自分でも驚いた。


少し前まで、新藤の優しさはただの“先輩”のそれだと思っていた。でも、再会してからの新藤の言動やこうして二人で旅をして、自分を見つめる眼差しから新藤の好意を何となく感じとっていた。


(でも……)

遥はそっと目を伏せる。新藤の手は近くて、遠い。


朝倉光哉の影を、まだ心の奥に引きずったままの自分には、新藤の優しさに甘えるわけにはいかない。


遥の指先が、ふとスマートフォンを撫でる。

その一瞬の揺らぎを、新藤は見逃さなかった。


「……無理するなよ、遥」


それだけを、彼は静かに言った。


遥は、ほんの少しだけ笑って──視線を前に向けた。


→17話に続く

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