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第1話:紫に還る日(プロローグ)

登場人物

村崎 遥 むらさきはるか

老舗古書店「みずいろ堂」の店主であり、

東京の下町にある老舗古書店「みずいろ堂」の娘で28歳。

落ち着いた物腰と芯の強さを併せ持つ女性。幼い頃から古典文学に親しみ、現在は店を切り盛りしながら書評やエッセイも手がけている。

実は「紫の上」の生まれ変わりで、かつて光源氏に深く愛されたが、光源氏の寵愛と引き換えに孤独を味わった記憶が残っている。

朝倉あさくら 光哉こうや

都内の大学に勤める日本文学科の准教授。36歳。 専門は平安文学で、とくに源氏物語。

知的で穏やかながらも、かつての過ちへの後悔と贖罪の思いを抱いている。

前世は光源氏で、紫の上を深く愛しながらも、彼女に哀しみと孤独を与えてしまったことを悔いている。

紫の上の生まれ変わりを探し求めていたが、遥に出会い、過去ではなく“今の彼女”を愛したいと強く願うようになる。

新藤しんどう りょう

遥の大学時代の同期で、現在は出版社勤務の編集者。31歳。

遥のエッセイに心を打たれ、純粋に彼女を一人の人間として尊重し、惹かれていく。

穏やかで誠実な性格で、遥の仕事や価値観に敬意をもっている。

かつての遥の笑顔と心の奥にある寂しさを敏感に感じ取っており、彼女を一人の人間として大切に思っている。朝倉にとっては思いを揺さぶられる存在でもある。

――もう、愛されるだけの人生は終わりにしたい。

遥がそう思ったのは、春の風が古い東京の路地にそっと吹き抜ける、ある夕暮れのことだった。

小さな古書店「みずいろ堂」。 木製の引き戸の奥から、ほんのりとした紙とインクの匂いが漂ってくる。

書棚の隙間から届く西日。ふいに舞い降りる埃の粒子。

今日も変わらぬ時間が流れていた。

棚の本を並べ替えていた遥は、ふと一冊の源氏物語の古写本に目を留める。 ページの端にうっすらと花の模様がある。

胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

あの記憶。

千年前――私は紫の上だった。

寵愛されながらも、誰かの面影を重ねられ、他の女たちに囲まれながら、私は彼の“心の拠り所”として笑っていた。

愛された記憶は確かにあった。けれど、心のすべてを預けた相手は、私を見てはいなかった。

それ故にいつも孤独を感じていた。

………それでも私は彼を愛していた。

だからこそ、今生では“影”ではなく“自分”として愛されたい。

私は、もう誰かの補完ではいられない。

その思いを胸に閉じたまま、遥はそっと本を棚に戻す。

そして、風が再び扉を鳴らした。

「いらっしゃいませ」

静かに振り向いた遥の視線の先。 そこには、柔らかなスーツに身を包んだ一人の男性が立っていた。

端整な顔立ち。 落ち着いた雰囲気。 それでいて、どこか切なげな目。

遥の中で、遠い記憶の断片がざわめいた。

……知っている。 ……この人を。

「……朝倉、光哉です。大学で平安文学を教えていて。偶然、この書店の噂を耳にして……」

その声にも、懐かしさがあった。

彼は、気づいていない。 けれど私は、気づいてしまった。

彼が、光源氏の生まれ変わりであることを。

遥は笑顔を作った。 けれど、胸の内では風が荒れていた。

――もう、私はあの頃の私じゃない。

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