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第8話 回想:ヘルネの戦い

「……現在、敵魔術師は城塞の砲台跡より攻撃している」

「航空隊は直ちにヘルネ湖上空に急行せよ!」

「観測部隊より敵航空魔術師の増援が報告された。注意されたし」


 さっきから通信魔法は鳴りやむことを知らず、むしろ時間が経つごとにその数は増えていった。俺は旋回を続けながら、城塞付近の敵を上空から叩いている。


 ここヘルネは湖に面した城塞が有名な美しい土地であるが、残念ながら今は王国軍に不法占拠されている。我が帝国軍は奪還すべく動かせる戦力を全て注いでいるが、依然として厳しい状況であった。


「司令、こちらシュトラウス。三人を撃墜したが、こちらは五人落とされた。航空隊の集結と再編には時間が必要だ」

「こちら司令。既に敵の航空魔術師はヘルネ湖上空に到達。制空権を握りつつある」

「もうそこまで攻められたのか?」

「探索魔法によれば敵は十数人。そのうち、かなりの魔力量の者が一人」

「……ジェルマンか」

「直ちに湖上空に急行されたし」


 司令部からの通信はそこで途切れた。このままではジェルマン率いる敵の部隊に一人で突っ込んでいくことになる。


 しかし制空権を握られればヘルネ奪還はまず不可能。多少の無理は承知だが、強行するしかないだろうな。


「航空隊、こちらシュトラウス! ヘルネ湖上空の敵は自分が引き受ける! 動ける者は城塞周囲を固めている敵兵を叩け!」

「少佐、本気ですか!?」

「手出しは無用、味方の援護に集中しろ!」


 航空隊の隊員たちに指示を出してから、ヘルネ湖上空へ針路を向けた。城塞正面では味方の主力が敵と交戦している。


 俺が湖の上空に敵航空魔術師を引き付けている間に片がつくといいのだが。……と、どうやら気づかれたらしい。


「正面より敵の追尾魔法が多数接近、上空に退避する!」


 視界に映る緑の光線を確認した俺は、一気に浮力を増大させて空高く舞い上がっていった。キインと風を切る音がして、どんどん空気が薄くなっていくのが分かる。


 次第に光線は勢いを失っていき、やがて消滅してしまった。しかし安易に追尾魔法を撃ってくるとはな。


「探索魔法により発射点を特定した! 追尾魔法を発射する!」


 敵光線の軌道を探索魔法で辿り、その座標に向かって追尾魔法を撃ち放った。


 軌道から発射点を逆算するのはまだ研究中の技術で、信頼度は高くない。だが、雑魚の航空魔術師どもには十分だろう。


「高高度より追尾魔法が!」

「回避は間に合わん、防御魔法だ!」

「ダメです、あれは破格魔法です――」


 敵の会話を盗み聞きしていたが、間もなく途絶えてしまった。見下ろしてみれば五、六個の爆炎が広がっており、他の航空魔術師も必死に逃げまどっているのがよく分かる。


「ソラ・シュトラウス、近接戦闘に入る」


 俺は不意を突いて一気に高度を下げる。重力の助けも借りながら、音速を上回る速度で降下していくのだ。


 下方からは敵魔術師が火力魔法を連射しているが、僅かに熱気を感じるくらいで何の効き目もない。この高速度で飛行していればまず食らうことはないだろう。


 自らの身体を防御魔法で守りながら、敵を蹴散らすように衝撃波を発生させていく。超音速ならではの技だ。


「うわああっ!!」

「回避だ!!」

「無理です!!」


 もはや爆風に近いそれは、湖の上空でウロチョロしていた敵の魔術師たちを次々に吹き飛ばした。


 ある者は湖面に叩きつけられ、ある者は味方と空中衝突。まるで玉突きのように連鎖していき、みるみる敵の数は減少していった。


「司令、こちらシュトラウス。十二人を撃墜、なおも交戦中」


 一報を入れつつ、ジェルマンの姿を探す。あの大魔力ならすぐに――


「上空より大火力魔法!! 回避せよ!!」


 その時、耳をつんざくような大声が聞こえてきた。思わず上空を見上げる。


「城塞の味方にも警戒させろ!」


 司令に答える前に、反射的に上昇を開始していた。魔力を一気にふかしながら再び空高く舞い上がっていく。


「ジェルマン……!」


 あの野郎、俺の降下と入れ替わりで上昇しやがったのか! 味方を囮にするとは相変わらずの畜生ぶりだな。


 そして何より大火力魔法を使うとはどういうつもりだ? 湖に直撃させれば水蒸気爆発で城塞ごと吹っ飛ぶだろう。そうなれば味方も敵も全滅だ!


「聞こえているかシュトラウス、回避せよ!」

「大火力で打ち消す!」

「そんな無茶な――」

「時間がない、強行する!」


 やいのやいのとうるさい司令を無視して、大火力魔法を撃ち放った。


 魔法とは波動だ。こちらから逆位相の魔法を撃ってやれば打ち消すことも出来るはず!


「今ッ!!」


 叫び声をあげた瞬間、俺は上空に閃光が発生するのを見た。稲妻かと見紛うほどの眩しさに目を背けてしまう。


 そして光は徐々に失われていき、まるで何事もなかったかのような曇り空に戻っていった。


 見上げてみれば、そこにはジェルマンとその周囲を取り囲む仮面の連中。


「聞こえているかな、『悪魔』よ」

「ジェルマン……!」


 俺の耳には聞きたくもない声が響いていた。


 我が国の優秀な航空魔術師たちを次々に撃墜する能力と、目的のためなら味方でさえも犠牲にするその悪魔的愛国心。その二つを兼ね備えた――この世で一番相手にしたくない魔術師だ。


「死にぞこないめ。大火力魔法を消滅させるとはな」

「ふん、死にぞこないはてめえの方だ」


 当然のように王国語で話してくるのにも腹が立つ。


「あの精度、探索魔法も得意と見える」

「俺よりずっと上手い奴を知っているんでね。別に嬉しくもない」

「おや、『悪魔』は随分と謙虚だな」

「人殺しの魔法を誇って何になる?」

「勝利は屍の上に築かれる。誇り以外に何だと言うのだ?」


 この減らず口が。味方は今も必死に戦っているんだ。いい加減にお喋りの時間も終わりにするとしよう。


「話はそれだけか?」

「ああ、では早速――」

「消えろ」


 次の瞬間――緑色の光線が一斉に仮面の魔術師たちに着弾した。特大の爆炎が上がり、周囲には煙がもうもうと立ち込めている。


 さっきの大火力魔法のついでに、高度五千で下向きにターンするよう仕掛けた追尾魔法を空高く繰り出していたのだ。どうせ上空にジェルマンがいるのは分かっていたのだし、当然のことだ。


「……死んだか?」


 視界が悪くて敵の生死が確認できない。探索魔法を使おうと、少しだけ顔を下に向けたその瞬間――唐突に腹を突き飛ばされた。


「つれないじゃないか」

「ぐっ……!?」


 クソッタレが煙の中から現れ、俺の懐に飛び込んできたのだ!


 完全に不意を突かれた俺は、勢いのままに体を引っ掴まれてしまう。ジェルマンは俺を引きずるようにして、一気に高度を下げていった。


「私の部下を全て屠るとは。君の首は落としがいがあるな」

「何をする、放せ!」

「残念だが無理な相談だ。君と私は共に墜ちる運命なのだ」

「正気か貴様!?」

「君が墜ちればこの戦争は――」

「てめえ、放せって!!」


 じたばたと必死に抵抗を続けるがまったく身動きがとれない。このままでは湖面に激突して、ジェルマンもろとも木っ端みじんだ。


「死ぬ気なのかよ!?」

「君が死ぬのなら一向に構わない」

「俺が構うんだよ、てめえだけ死ね!!」

「口が悪いな。帝国には国語の授業がないのか?」

「この腐れ外道が――」

「デートはここで終わりだ。失礼する」

「なっ……!」


 引っ掴まれていた手を放され、唐突に自由の身となってしまった。


 ジェルマンが素早く切り返して上昇していくのに対し、俺は慣性の法則に従って落ちていく。まずい、体勢を立て直さなければ――


「敵魔術師だ、撃てーッ!!」


 その瞬間、城塞の砲台跡から対空魔法が発射されるのが見えた。もうかなりの低空だし、地上の魔術師にとってはうってつけの的というわけか。


 素早く防御魔法を展開し、防いだつもりだったのだが――


「ぐっ!?」


 もろに一発被弾してしまい、思わず声を上げてしまった。


 完璧ではないにしろ、それなりの防御魔法を張ったはず。こうもあっさり貫通されるとは、ただの魔術師じゃないぞ……!


「火力魔法、発射!!」


 本能的に恐怖を覚え、気づいたときには砲台跡に火力魔法を撃ち放っていた。間もなく大きな爆発があり、対空魔法はぴたりと止んでしまう。


「よしっ――」


 ほっと息をつく間もなく、上昇しようと姿勢を変換したまさにその瞬間。俺の視界には今まさに魔法を繰り出そうとするジェルマンが映っていた。


「戦争は終わりだ」


 射線上に砲台跡があることも厭わず、光線を解き放つ王国の畜生。目の前の景色がゆっくりと流れ、気が付いたときには――


「ぐわあああああッ!!!」


 俺の右足は、ジェルマンによって完璧に撃ち抜かれていた。

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